寝木裕和

スーツの寝木裕和のレビュー・感想・評価

スーツ(2003年製作の映画)
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この作品を観て、Tracy Chapman の『Fast Car』という曲を思い出してしまった。

心ぶれた雰囲気のアメリカ郊外に住むワーキングプアの女性が、その貧困から逃れようと、「あなたの車でいっしょにこの街から出よう」と懇願する唄。

この、フドイナザーロフ監督作『スーツ』に登場する人々もまさに同じ。
彼らは皆、彼らが暮らす小さな集落から逃げ出したいと願う。

少年3人が街に繰り出した時、GUCCIのスーツを見つけ、それに憧れ、手に入れることで動きだす物語。

終始ドタバタな喜劇タッチで進んでいくのだが、彼らは皆、それぞれの人生に鬱屈した閉塞感も抱えていた。

だからこそ、憧れのスーツを着ることによって普段の自分から脱却できるような気がしてその時を心から愉しめるのだろう。

だが、結果、誰もそこから、根本的には脱出できはしない。

それどころか、ある意味そこから逃避できたとも言えるダンボは、ただしこの世そのものから居なくなってしまうことにより結果そうなってしまう… 。

他のフドイナザーロフ作品にはない、哀しみをもった作品だけれど、少年3人がここでは無いどこかに憧れ、葛藤しながらも逞しく生きる様に、ほのかな希望の光も感じさせるのだ。
寝木裕和

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