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ハーツ・ビート・ラウド たびだちのうたのBigsのネタバレレビュー・内容・結末

3.6

このレビューはネタバレを含みます

#1 6/8 なんばパークスシネマ
#2 6/22 シネリーブル梅田


かな〜りミニマルな作品だけど、普通の人たちに寄り添った良い映画だと思いました。

何かと葛藤する、乗り越えるといった大きな展開はない。行き詰まった人生でかつての夢にすがりついてみるけど、ほんのささやかな自己実現を通して、自分の現実の人生に気付いて、また一歩踏み出すまでを描く。
華やかな夢とは裏腹に現実と折り合いをつけて生きていかなければならないという、特別な才能に恵まれたわけではない普通の人々に寄り添った映画だと思った。

お父さんの中で内心は初めから「夢は夢だし、現実の人生がある」って心のどこかでわかってるんだろうな。だからこそ、デビューの話がきたときも、娘から「結局昔と同じになる」って一言で諦めるんだろう。殊更フィクションでは夢や自己実現の大切さが強調されがちな中で、そうじゃなくて諦めて現実の人生を生きることの大切さも描いていたように思う。

白人の父親とおそらく混血の娘であったり、娘はレズビアンであったり、少数派と思われるような事柄が、何か物語的な特別な意味を持つことではなく、只々普通のこととして描かれているのが良かった。
大多数のヘテロセクシャルと同じように、LGBTQの人だって普通にいるという、進んだ描き方。現実世界も早くこういう捉え方になってほしいと思った。

あらすじだけだと、何も起きない話だけど、本編を見ると心に残る物がある、それだけ力強い映画。
良いこと悪いこといずれも大きなことは起きなくて、話はミニマルなんだけど、だからこそ多くの人にとって普遍的な等身大の映画になっていたのかなと思う。

自分の人生に行き詰まりを感じてる(お店、母親、娘が大学入学)父親のフランクと、大学入学を控えた娘サムが、残酷にも過ぎ去っていく今を、なんとか音楽製作を通して残していこうとする話だと思った。
まず、音楽に熱狂する人々との距離感が良かった。音楽に過剰に役割を持たせ過ぎると、良い音楽でみんな無条件に熱狂するとかいう描写は全くなく、周りの人はむしろ冷ややかな目線で見ている。パイ屋でハーツビートラウドがかかっているのを聞いたときも、店員が迷惑そうにしてるのは面白かったし、誠実な描き方だと思った。ラストのレコード屋のライブも皆最初はシラけてたし。
サム自身も音楽に熱狂し、バンドとして成功することを夢見るけど、自分でも半分気づいてるように、それも残酷な言い方だけど幻想だというような描き方。そんな人のほんとにささやかな自己実現であるラストシーンは感動的だった。
全編にわたって、登場人物が演奏してるか歌っているか、劇伴もしくは既成曲が流れていて、音楽で雄弁に語っていく映画だと思った。特にサムと恋人ローズの2人を描くときに流れる音楽がとても良かった。
また、音楽が流れてるシーンが多い故に時折挟まれる静寂が効果的だった。サムが自転車を乗る所とカットバックでフランクが演奏していて、それが突然終わるとこ。ラストのライブシーンが終わった後のレコード屋の静けさ。決定的に時が流れてしまったように思われた。
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