月うさぎ

ハナレイ・ベイの月うさぎのレビュー・感想・評価

ハナレイ・ベイ(2018年製作の映画)
3.5
村上春樹の短篇小説の映画化作品。彼の小説を映画化したがる人が多いのはなぜでしょう?ストーリーはスッキリしないことが多いし、短篇の場合はストーリーどころかエピソードしか書いてないことさえあるのに。
独特の世界観を映像で表現したくなるのかしら?賛否を覚悟で?

ハワイのハナレイベイでサーフィン中に鮫に右足を噛み切られて亡くなった息子を悼む母の話。
10年の間ずっと息子の死を受け入れるためにハナレイベイに通い続ける母…というと
とても悲しいストーリーだと思うでしょう
でもそうは簡単にいかないのが村上春樹

母、サチは息子と親密な関係ではなかった
急な死も、その死に方も、非現実的過ぎて悲しむ余裕が無かった。
正義というお題目や憎しみによって殺されたのでは無い。相手は自然だ。いつか皆、自然に帰るのだ。
しかし個としての命は個と繋がっている。誰かは常に誰かにとって特別な存在。
死は「取り返しがつかない」のだ。
いつか、たぶん、は死の先には無い。

サチの涙は解放か苦しみの始まりか?

映画ならではの脚色は興味深かった。
サチは失った人を、その所有物を段ボール箱に閉じ込める事で、捨てずにかつ忘れようとしてきた。
その人を思わせる物に触れない事が、不在を乗り切るための唯一の方法であるかのように。
映画ではそこからの解放が象徴的に描かれていた。

「あなたに会いたい」

私は息子を憎んでいた。それでも彼を愛していた
それはきっと事実だろう。
憎しみとは愛の裏の顔だから。

吉田羊のほぼ一人芝居のような映画
ドキュメンタリーみたいに見えるところもあるけれど、実際に役者では無い現地の本物の方が演じてくれているらしい。
ハナレイベイの海の景色と波の音、風のざわめきや人の気配。
音楽がほとんどなくて、セリフも非常に少ない。
極力嘘や過剰な演出やクサい演技を排除している。

幽霊でもいい。姿を見せて。
海辺を彷徨うサチの歩みが延々と続く。単調な時間。

驚くべきはイギー・ポップ の「The passenger」
映画の冒頭にかかって、突然ぶった斬られたシーン。暴力的な出来事の演出。
でもなぜイギー・ポップ?
それが後になってわかる。
カセットテープのその曲が若くして死んだ父と繋がる接点だったことが。
最初違和感のあったこの曲が、きちんとハマるようにできていた。

小説の主人公のサチはもっとぶっきらぼうな、オバさんらしいオバさん。
映画のサチは無骨というよりは攻撃的
不器用ではなく不寛容
孤独というより孤立
キャラクター設定が全然違うと思う。
(といっても本が手元にないので読み返してはいないのだけれど)
息子の死から10年の歳月が経ち、ドラマの中のサチは50代の半ば。
のはずなのに10年の歳月の表現が「10年後」というテロップだけというのはいささか手抜き
吉田羊の姿に歳を重ねた面影が全くない
老けさせればいい、といっているのではない
歳月の演出を考えていない点が問題
服装も、ずーーっとノースリーブしか着ていない。(喪服の着物以外は)
首も肩もほぼ丸出し。
つまりとても若々しい。

ほぼハワイが舞台なので、モノローグと、日本人との会話以外は英語&字幕という、珍しい日本映画。(海外展開してる訳ではないらしい)
吉田羊の英語はスムーズでした。
アメリカンなスカした英語ではなく、日本語を綺麗に話すように英語をきれいに話し、自分の言葉として口にしていた。
発音を丸暗記して口真似したのではなく、意味のある英語を話していたのです。
これは海外に持って行っても良い映画だったように思うのですが。
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