TOSHI

ジョーカーのTOSHIのレビュー・感想・評価

ジョーカー(2019年製作の映画)
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ジョーカーである。「バットマン」のジョーカーである。流石は、一度認知されたキャラクターは、何十年でも使い回す映画界だ(勿論、褒めてはいない)。ティム・バートンのバットマン(ジョーカー役は、ジャック・ニコルソン)からでも、30年が経った今、ジョーカーの誕生秘話など、創造的でも何でもなく、作り手の発想としては思考停止に近いだろう。しかし感覚的には刺激的で、共感させられる映画だった。

大都市ゴッサム・シティ。政治は機能不全で、貧富の差は拡大している。衛生局のストライキでゴミ収集が止まって腐臭が漂い、強い生命力のスーパーラットが出現していた。
アーサー(ホアキン・フェニックス)は、道化師派遣サービスから依頼されるわずかな仕事で、母親・ペニー(フランセス・コンロイ)と、細々と暮らしている。母・ペニーは心臓と心を病み、30年も前にメイドとして従えていた、富豪で次期市長候補のトーマス(ブレット・カレン)に、助けを求める手紙を送り、返事を待つ毎日だった。閉店セールの宣伝の仕事中にアーサーは、ストリートギャング達に看板を奪われ、袋叩きにされる。会社から弁償を求められ落ち込むアーサーに、同僚のランドル(グレン・フレシュラー)は拳銃を与え、自らの身を守れと言う。

ジョーカーと言えば、意味も無く酷く笑うのが強いイメージになっているが、その背景が掘り下げられる。脳・神経の損傷から、緊張すると笑いの発作に襲われるのだ。笑いたくないのに、笑わずにいられない男。まさに哀しきピエロである。ペニーがアーサーを、ハッピーと呼ぶのが皮肉だ。冒頭の、名曲「スマイル」に重なる、「俺の人生は悲劇だ。いや喜劇だ」というモノローグが、本作を象徴する。
アーサーは、小さな娘を持つシングルマザーで、同じマンションに住む、ソフィー(ザジー・ビーツ)に好意を持ち始めるが、市の福祉予算が削られた事で、続けてきたソーシャルワーカーとのカウンセリングは打ち切られ、小児病棟での仕事中に、誤って持っていた拳銃を床に落とした事で、会社から解雇される。更に、地下鉄で女性に絡んでいたビジネスマン達を相手に事件を起こしてしまう…。
意外な高揚感から、ソフィーの唇を奪ったアーサーだが、出演するスタンドアップコメディショーは発作により失敗に終わる。しかしこれが何故か、憧れていた人気トークショー番組の司会者・マレー(ロバート・デ・ニーロ)の目に留まる。アーサーは、彼のショーに出演するが…。アーサーの出生の秘密とは。そして何故ジョーカーは誕生したのか…。

原作は50年代のアメリカンコミックだが、格差社会の孤独なピエロという人物設定の説得力は、今の時代により増しているだろう。病的な程に痩せた、アーサーの裸体の描写など、コミックの映画化とは思えない程、リアルで痛い。ここに、今更の感があるジョーカーの誕生秘話が、今、作られた意味がある。
仕事がなく金に困窮しているとか、病を抱えているとか、面倒を見なければいけない家族がいるとか、様々な事情が重なり、この世界である一つの地点でしか生きられない人が多数になる中、その一つの立ち位置さえ失う時に、死ではなく、ダークヒーローとして転生するという物語には、映画ならではの嘘、映画ならではのカタルシスがあった。
「アカデミー賞確実」かどうかは、どうでも良い。本作は確かに、今年を代表する作品として、私の中に刻まれた。
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