怨念大納言

ヘヴィ・トリップ/俺たち崖っぷち北欧メタル!の怨念大納言のネタバレレビュー・内容・結末

4.5

このレビューはネタバレを含みます

私の町の小さな映画館で、本作が公開されるとの事で、わくわくしながら視聴。
最高でした!
端的に言うと、「リトルミスサンシャイン」の骨組みに、「ボヘミアンラプソディ」や「8マイル」の音楽サクセスストーリーの要素を少々と、腐臭漂う大量のブラックメタル成分をぶち込み、フィンランドへの偏見を振りかけて完成した映画である。

フィンランドのド田舎で、12年もコピーバンドを続ける幼なじみ4人組。
それぞれが愛すべきおバカちゃん達で、

◯トゥロ:ボーカル
本作主人公。サラサラヘアーに長身&超イケメン。
けれど、極端に気が弱く人見知り。強く言われれば逆らえず、長髪を「ホモ」と弄られても言い返せず。愛車のオンボロママチャリでとぼとぼと帰るのみ。
気弱過ぎて、客の前で歌う事を想像したたげでゲロを吐くし、実際に歌ってもゲロを吐く(都合よく覚醒はしません)。
普段は介護施設で働く。
TシャツはCannibal Corpse。

◯ロットヴォネン:ギター
TシャツはMEGADEATH。
というか、あのパーマのかかった金髪ロングヘアーにフライングV、特技が早引きなら完全にデイヴムスティン。
お調子者のおバカ。
父の経営するトナカイの屠殺場で働く。

◯パシ(クシュトラックス):ベース
本作最強の面白キャラ。
頭脳明晰で真面目な変人が一番ヤバい。
トゥロの出会った中で最も賢い人物らしく、一度聴いた曲は決して忘れない。
バンドの躍進に従い、使命感からか悪魔の囁きか、クシュトラックスへと変貌する。
普段は図書館司書として真面目に働く一方、ジャスティン・ビーバーのファンに山羊の死骸を利用した極悪メタルを薦めたりもする。

◯ユンキ:ドラム
陽気で前向きなムードメーカー。
本作一番の愛されキャラ。
いいヤツなのに、リトルミスサンシャインのセクハラじーさんと同じ末路を辿る。

こういう、馴染めず、合わせられず、取り繕えない、はみ出し者の4人が、「人前でライブしてみたい」と願うのは凄く凄く微笑ましい。

ライブの為に用意すべき事は多い。
バンド名、宣材写真、ロゴ、車の手配、オリジナル曲。
12年もやってバンド名すらなかったんかいとは思ったが…。

ひとまず曲を作る事になった地下室の4オタク。
とりあえずギターリフから、というのはブラックサバスも行ったへヴィメタル伝統の作曲方法で、要は教養としての音楽理論がないから、演奏しながら考えるしかないのである。

ここでパシが大活躍する。
ロットヴォネンの披露するギターリフが、悉く既存のバンドの曲であると私的なする。
確かに、思い付いたリフが、実は「聴いたことのあるリフ」ってのはあるあるかも。
最初のリフはパンテラのウォーク。超有名曲。うん、これはロットヴォネンが悪い。
次のリフはチルドレンオブボドム、その次はよく知らんバンド。これもロットヴォネンが悪い…かな。
パシにムカついたロットヴォネンが、怒りに任せて適当にガチャガチャギターを鳴らす。
「これでいいんか」とばかりに睨みをきかすロットヴォネンにパシが再び◯◯の××だなと実在の曲で応答する。
こんなん笑うわ(笑)
確かに、あんな音楽性のバンドありますわ(笑)

ロットヴォネンの心が折れた所で、並行して作詞もやる事に。
パシ曰く「へヴィメタルはSFやファンタジーといった下らないものも多いが、個人的な不満を言うのも手だぞ」。
日常が不満まみれのパシはこの方向性へ。特に、「一生便秘になるくらいなら、漏らしてしまった方がいい」とか何とか言いながら脱糞する入居者に不満があるらしい。

作詞の方向性が決まった一方、ロットヴォネンにも好機が。
トナカイ解体マシンに、ナイフを刺したままのトナカイを入れてしまい引っ掛かる。
その際の「ガチャガチャガチャガチャ!」という異音をヒントに、独自のリフを作り上げる。

終末シンフォニック・トナカイ粉砕・反キリスト・戦争推進メタルの始まりである!
※このアホなジャンル分けも、年々細分化してジャンルが増えまくるメタルへの皮肉でもある

リフが出来たら早速デモ。
ドラムとベースはユニゾン。
トゥロも素晴らしい歌詞を歌っているらしいが、ゴリゴリのグロウルなので一切聞き取れん!これもメタルあるある。
とはいえ、12年の蓄積は馬鹿に出来ず、人生初のデモテープは本人達改心の出来。

そこにたまたま、トナカイの血を買いに来た(笑)ノルウェーのメタルフェス主催者と出会うんもだから、舞い上がってデモテープ渡しちゃう。
受け取ってくれて嬉しいもんだから、勝手にフェスに参加出来る気になっちゃう。
トゥロが、つい勢いで幼なじみの女の子とバンドメンバーにフェス参加が決まったと言ってしまい、村の英雄に奉られて後に引けなくなる。

トゥロは軽率だけど、非難出来ないんだよなー…。
フィンランドの美しい森と星を見ながら、夢のライブに目を輝かせるメンバー。
決してだいそれていない、フェスに出たいという夢。
12年も地下に籠って、心の支えにし続けた大好きなへヴィメタルを、みんなに見て欲しい。
そのまま、バンド名→宣材写真→地元ミュージシャン(いけすかない)の前座、と話が進んでいってしまう。

バンド名のやり取りもメタルあるあるで素敵。「英単語二文字がいい」。確かに多いんですよ、英単語二文字。そこから、出るわ出るわの下品な二文字。
ゲロだ何だは容認出来るのに、eternal tears of sorrow(実在のバンド名)が即却下されるのには笑った。

宣材写真はオービス。この時からパシはクシュトラックスに。

結果として、ライブデビューではトゥロが緊張のあまりゲロをブチまけ、村長を汚物でコーティングした挙げ句、ノルウェーのフェスが嘘だとバレる。

この状況を、「メタルバンドとして最高のデビューだ」と言えるクシュトラックス大好き。
そして、心折れてバンドを抜けるトゥロを引き留めるユンキ。
この状況で、誰もトゥロを責めないバンドメンバーは最高にいい奴ら。

どうしてもライブを諦められないユンキは、宣材写真の車を奪い返す為、警察署に潜入。
ガバガバ警備を余裕で突破するも、帰り道調子に乗り過ぎてトナカイと事故。
なんと死亡する。

失意のままに解散するバンド。
トゥロもへヴィメタルから足を洗おうとするものの、幼なじみガールに一喝される。この子も素敵。
幼なじみの一喝と、ユンキが命懸けで手に入れた宣材写真で一念発起。

施設で手懐けた「へヴィメタルを聴かせた時だけは正気に戻る精神異常者」を引き連れて国境超えへ。

その後、いつか活躍する事を夢見てトレーニングをしていたヤバい女国境警備隊のロケットランチャーから逃れ、断崖に追い詰められれば海へ飛び込んで逃げ、たまたま居合わせたヴァイキングのコスプレ集団の舟でライブ会場へ(十字架に磔にされるヴァイキングコスプレイヤーを、メタルバンドと確信するクシュトラックス大好き)。

ライブ会場ではプロデューサーと再開。
「施設から精神異常者を拉致して、へヴィメタルバンドを名乗るテロリストがノルウェーに入って来た」という情報が流れまくったらしく、心意気を買ってライブが出来る事に!

警官隊が迫る中、あのシャイだった主人公がヒロインにキスをしてからライブへ!偉いぞ!

そして、ライブ。
ここまでの過酷な旅。亡きユンキへの思い。悔しさと屈辱にまみれた半生。地下で温め続けた大好きなへヴィメタル。
全部乗せて歌う…前に緊張で吐く!それはもうマーライオンの如く噴出させる!

結局人は変わらない。負け犬は負け犬か…、と思いきや、前座のあの時とは目が違う。
国境を超えた。海を超えた。動物園で小型肉食獣も殴り飛ばした。ヒロインとバンドメンバーの思いを背負って、叫ぶ!

ゥルおオオオオオオオオオオオオ!

ここはね、もう、泣く。
グロウルというのはデスボイスの中でも特に聞き取り辛い。
攻撃性を増す為に、「歌詞が聞き取れなくなる」という歌唱としては致命的なデメリットを背負った歌唱法。
つまり、思いを言葉に変換せず、思いを思いのままブチまける歌唱なのだ!

負けて負けて負けて負けて、負けを恐れてまた負けて、何者にもなれずに燻り続けた12年間。それを一瞬でひっくり返しこのカタルシス。

結局逮捕されて、連行されるのだけど、みんな幸せそう。
「またいつか帰ってくる」事を誓い、「後先考えずやってみる」事も大切だと学んだよう。

一度レールから外れると取り返しのつかない、この異常に息苦しい日本で、このおバカ映画は素晴らしい道を示してくれる。

一生便秘に悩むよりは、漏らしてしまった方がいい。
怨念大納言

怨念大納言