しゅんまつもと

アド・アストラのしゅんまつもとのレビュー・感想・評価

アド・アストラ(2019年製作の映画)
4.4
先日、旅行先のホテルに家の鍵を置き忘れてしまい、帰ってくるも休日のため管理会社もやっておらず、行くあてもなく彷徨うという経験をした。馬鹿である。しかしこのとき感じた「自分はどこに帰ったらいいかわからない」という感覚は非常に不安定で、そしてとてつもなく虚しい。

大味で既視感のある予告とはかなり手触りの異なる寂しい映画だ。
「死んだと思われていた父を探す」という目的を達成するために海王星に向かうブラピ。道中に立ち塞がる障害である「略奪者」「実験動物」「乗船者の反乱」はどれも記号的で、具体性など多くは語られない。言ってしまえば通過していくだけ。それらは主人公の周りからすべてを少しずつ剥ぎ取り、孤独にしていく。

火星の地底湖を進むシーンでは漆黒の闇の中を一本の配管を伝って歩く。終盤のあるシーンでは一本のロープを自分に縛り付けて宇宙空間を漂う。この映画はそういう映画である。真っ暗闇の中をただ一つの目的を達成するためにそれにしがみついて"独り"で歩く映画なのだ。
では、そのたった一本のロープさえなくなってしまったら?真っ暗闇の中で向かう先も、さらには歩く意味さえ失ってしまったら?
圧倒的な虚無感の中でそれでも進む意味があるとしたらそれは何なのか。人工知能もワームホールも異生物も存在しない宇宙の果てで至極個人的な問題に向き合うという結末にもかなりグッとくる。少し結論としてありがちで小さくまとまってしまった感はあるけれど、むちゃくちゃ好きな映画だ。