ロックウェルアイズ

ソン・ランの響きのロックウェルアイズのネタバレレビュー・内容・結末

ソン・ランの響き(2018年製作の映画)
4.8

このレビューはネタバレを含みます

借金の取り立て屋として働くユンは、冷酷な態度で知られていた。
ある日、ベトナムの伝統歌劇である「カイルオン」を公演する劇団へ取り立てに行くが、そこで花形役者のリン・フンと出会う。
最悪な出会い方をした2人だったが、その後ひょんなことから再会し、ユンはリン・フンを家に泊めることになる。
サイゴンで出会った2人の男の刹那的な3日間の物語。

これは、とんでもない傑作だった。
ベトナムの芸能や風土などの空気感を楽しむだけかと思っていたら…
どこか哀愁と郷愁の漂うサイゴンの街。
人情の優しさと現実の厳しさが交互に襲いかかってくる。
確かにボーイ・ミーツ・ボーイだが、2人を繋ぐものは友情でも恋愛でもない。
扇風機一つのワンルーム、テレビゲームで心を通わせる2人。
原始的だけど直球で刺さってくる美しい表現。
同性愛とは違った神聖な雰囲気に前半は癒された。

夜の散歩道、リン・フンがとても素敵なことを言う。
「誰かに会ったり、どこかに行ったり、何かを見たりすると、その時の記憶が過去に引き戻す、それがタイムトラベルだ。」と。
この映画には、記憶の証となる“モノ”が多く登場する。
これが忘れた頃に再登場し、ちょっとした伏線回収のように大きな意味を成す。
テレビゲーム、ブンブンゴマ、衣装から落ちたスパンコールで作ったキーホルダー、ペンキ…etc
タイトルにもなっているベトナムの民族楽器ソン・ランもその一つ。
親を亡くした2人は共通項であるカイルオンを通して過去に想いを馳せる。
そして、この物や場所に宿る記憶という考え方はラストにも活きてくる。

あの結末である。
忘れてはいけない、彼は人を傷つけたのだ。
カイルオンの演目とオーバーラップする悲劇へ。
彼がそこで亡くなった記憶である血は、虚しくも雨に流され、消えた。
劇中でリン・フンが彼の死を知った描写ははっきりとは描かれていない。
きっと、彼の死が知られることはないだろう。

最後の言葉がまた胸を打つ。
「過去を煩うな
おそらくそれが悲しみの原因なのだ
起きたことは起きたこと
何も変えられない
今日すべきことをし
今この瞬間を楽しむことを学べ」

ミニシアターで余韻を楽しみながら観たいような作品だった。

※ ソン・ロンはソン・ロアンとも言うらしい。ちなみに弦楽器ではなく、足で鳴らす打楽器の方。
※カイルオンもソン・ロンも、少しネットで調べるだけだと本作品に関する記事でしか出てこない。
日本で馴染みがないからというのもあるけれど、消えゆくベトナムの伝統文化のようだ。
出来れば現地で見てみたいが…