TOSHI

ブルーアワーにぶっ飛ばすのTOSHIのレビュー・感想・評価

ブルーアワーにぶっ飛ばす(2019年製作の映画)
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基本的に、映画は週一本観るのが一杯なのに、最近は週二本以上、観たい物が公開され、新人監督の作品にまで手が回っていなかった。しかし私の中では、ぶっ飛ばす・ぶっ飛ばせというタイトルの作品は観なければいけない心理があるため(そんなアラフィフのオッサンもいないが)、何とかスケジュールに入れ込んだ。本当に、観て良かったと思う。

冒頭、夜明け前に空が青く染まる“ブルーアワー”に、逃げるように駆ける少女が映される。現在アラサーであるCMディレクターの夕佳(夏帆)には、優しい夫・篤(渡辺大知)がいるが、先輩の富樫(ユースケ・サンタマリア)と関係を持っている。
仕事相手に毒づき、飲んでは羽目を外して意識を失うという、荒んだ生活がリアルだ。なりたかった職業には就いているが、なりたかった自分ではないようだ。
夕佳は、病気の祖母を見舞うため、大嫌いで長年寄り付いていない、故郷に帰省する事になり、幼い頃からの友人で、イラストレーターのあさ美(シム・ウンギョン)の、買ったばかりの中古車で、茨城に向かう。「新聞記者」でのシリアスな演技の記憶も新しいだけに、ウンギョン演じるあさ美の天真爛漫さに新鮮な驚きがある。そして、夕佳とあさ美の会話が面白い。昔に比べると、現代の中高年は、良く言えば感覚的、悪く言えば語彙不足な言葉使いをするが、そんな若者のようなデフォルメされた会話が、リアリティを失うギリギリのレベルで展開される。
実家に着くと、農作業を終えた母・俊子(南果歩)が出迎えるが、大した意味も無い事を喋り続けている。食事を作るのは止めていて、冷蔵庫にはコンビニのおにぎりが詰め込まれている。
また無愛想な父・浩一(でんでん)は、骨董マニアになっていて、日本刀を見せつける。元教師で今は引き籠りの兄・澄夫(黒田大輔)は、人とのコミュニケーションが満足にできないオタクタイプで、掴み所が無く気味が悪い。飲みに行ったスナックでは、常連客が下ネタを連発している。まさに、(単なる田舎ではなく)クソ田舎である。
映画の使命はある意味、観客を異空間に連れ去る事だが、特に縁が無ければ、クソ田舎にわざわざ行く人はおらず、宇宙や極北の地と同じく、クソ田舎は映画の舞台として相応しい、異空間なのだ。
養護施設に見舞った、長らく体調が悪いが今は小康状態である祖母との会話シーンが凄い。他愛ない会話だが、夕佳の心の中の重しが解きほぐされていくかのような描写に、感情を揺さぶられる。祖母との交流、そしてフラッシュバックする少女時代の記憶を通して、夕佳が到達する境地とは…。観客に解釈を任せた、ラストのシークエンスが素晴らしい。
正直、私は夏帆が苦手だったのだが(顔が苦手なのだ)、こんなに彼女が魅力的に見えた作品は初めてだ。これが映画のマジックだろう。

ぶっ飛ばすというが、何もぶっ飛ばしてはいない。そんな痛快な作品ではない。しかし、作中に何度か訪れるブルーアワーを、夕佳は最後に乗り越えてみせる。自分らしさの檻の中でもがいた末に、檻からするりと抜け出す瞬間には、これが映画だと感じた。デビュー作で確かな才能を見せた箱田優子監督の、今後に注目したい。
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