すずき

オオカミの家のすずきのレビュー・感想・評価

オオカミの家(2018年製作の映画)
3.5
とあるカルト団体のPR児童向けアニメーション。
マリアは団体の飼っている豚のお世話係だった。
しかしある日、悪い子の彼女は団体から抜け出し、深い森の中の空き家に逃げ込む。
そこにいたのは2匹の子豚。
マリアは子豚をペドロとアナと名付け、人間になる魔法をかける。
かくして3人の共同生活が始まったが、家の外ではマリアを探すオオカミの声が響いていた…

アリ・アスター監督が絶賛した、チリの2人組アーティストによるストップモーションアニメ作品。
ストップモーションアニメは、現実に存在するリアルと、アニメでしか表現できない非現実が同居する表現技法。
その為、気味の悪いホラー的な作品と相性のいい表現だと思う。
例えば「MAD GOD」や「JUNK HEAD」、そしてヤン・シュヴァンクマイエル監督作品。
それから「puipuiモルカー」の見里監督の短編「マイリトルゴート」も、童話を下敷きにしたホラーという事で共通している。
スタジオライカの「コララインとボタンの魔女」もその系譜だと思うけれど、本作はライカの完璧で丁寧な仕事と違って、不完全なアニメーションが目立つ。
動きがガタついたり、痕跡が残ったり。
しかしそれは全く欠点ではなくて、逆にその不完全さが奇妙にリアルで不気味だ。
むしろスタジオライカ作品は丁寧過ぎて、もうCGでいいじゃん、って思う事も…

本作はエンタメ・ホラーというより、完全に芸術作品の側で、美術館で上映されてもよさそう。
どのカットを、どの場面写真を切り取っても一級の現代アートとして絵になる作品。
動画の中で平面と立体を飛び越えるような表現も素晴らしいけれど、制作の過程を見せるようにキャラクターが現れるのが面白い。
紙材が集まってキャラの形になったり、色が塗られていったり。
実際、世界各地の美術館でこの作品を制作しながら、その過程をパフォーマンスアートとして公開していたらしい。

さて、そんなアートな表現を楽しむには何の知識もいらないけれど、ストーリーやその裏に潜むテーマを理解するには、ちょっとばかし前知識が必要。
それはチリの闇の歴史、「コロニア・ディグニダ」のこと。
とあるドイツ移民によって立ち上げられたその団体は、表向きはバプテスト系コミュニティ。
だがその実態は、監視・暴力・情報統制から、武器売買・強制労働・児童性的虐待・拷問・人体実験まで行うこの世の地獄だった。
しかも厄介な事に、当時のチリの独裁政権と親密に繋がっており、コロニアの外にも逃げ場は無かった。
現在は指導者は逮捕後死亡しているが、団体は名前を変え存続、その跡地を覆い隠すように、美しいホテルやレストランが立ち並ぶ観光地と変えてしまった…
そんな事実を知った上で本作を見ると、本作の不気味なアニメーションの裏に潜んでいる恐怖が見えてくる。
それはフィクションではなく現実で、身近にも存在するのかもしれない。