TAK44マグナム

アスのTAK44マグナムのレビュー・感想・評価

アス(2019年製作の映画)
3.6
あなたが、この世界で1人だけのあなただとは限らない。


人種差別問題をテーマに新感覚のスリラーとして仕上げた処女作「ゲットアウト」で絶賛を浴びたジョーダン・ピール監督の第2作目は、アメリカが大国として成長する裏で忘れ去られた存在が逆襲してくるホームインベージョン+パニックホラーテイストの問題作「Us」。


ある海岸沿いの遊園地を中心に、どこからか現れた「家族」。
赤い服を着て、大きなハサミを手にした彼らの目的はひとつ。
「もう1人の自分を殺すこと」であった。


ドッペルゲンガー(もう1人の自分)による恐怖を描いた作品は洋画では「ボディスナッチャー」、邦画でも「バイロケーション」などがあります。
変わったところでは「仮面ライダー龍騎エピソードファイナル」でも、龍騎の影としてリュウガという悪のライダーが龍騎に取って代わろうとする展開がありました。
もう1人の自分が殺しにやってくるというアイデアは、さほど目新しいものではありませんが、料理の仕方によってはかなりショッキングな恐怖体験を得られるでしょう。
何故なら、自分が自分を一番よく解っているからです。
自分に狙われたらどこへも逃げられない。
そして、自分に殺されるという理不尽さ。
そんな感覚がドッペルゲンガーものの肝のような気がするのですが、意外にも本作における核心はそこには無いような気がしました。
逆に、動きが同調するという設定を逆手にとった「自分殺し」も可能であり、必要以上に無敵の存在に蹂躙されるホラーを強調してはいません。
本作のドッペルゲンガーたちは幽霊でも悪魔でも、ジェイソンやフレディのような超常的な殺人鬼でもなく、あくまでも「人間」なのです。
どちらかというと、ドッペルゲンガー自体は監督が込めたメッセージを直接伝えるための手段として使われていて、彼らに「アメリカ人」と名乗らせ、「アメリカ人は一部の富裕層だけじゃない。アメリカに住む全ての人々がアメリカ人なのだ」と、主張させます。
多くのアメリカ人が見捨てた存在。
誰もが無関係ではいられないはずなのに、目を向けようとはしない存在。
彼らは言いたげです。
「お前たちだって、「Us(わたしたち)」の一部なんだよ」と。


ただ、ネタバレになってしまうので何も書けないのですが、終盤になって判明する事実が非常に陳腐に思えてしまいました。
これなら、ロメロのゾンビの様に何も理由づけしなくても良かったのではないか(しかし「政府」というワードを出さないとメッセージ性が弱まってしまう)。
思えば「ゲットアウト」もSF的な設定が出てきたりしたので、監督自身はガバガバな設定でも気にしないタイプなのでしょうね。
それにしても、ちょっとあり得ないほど大雑把な設定で、さすがに最後まで気になってしまいました。
いくらでも疑問がわいてくるのですが、もしかしたらそこにも何らかの意図があるのかもしれません。
監督による詳細な解説が聞きたくなりましたよ。
とにかく、普通に考えると無理がある種明かしをされた途端、そこで何となく本作にノレなくなってしまった自分がいました。
中盤で大規模なパニックホラーぽくなったところは好みだったのですが、意外とそれ以上には描写的に拡がらず。
謎が解けるクライマックスも、やや盛り上がりに欠け、イマイチに感じました。
ルピタ・ニョンゴにはもっともっと狂って欲しかった(目をひん剥くばかりの熱演は流石ですが)。
また、賛否両論あるオチについてですが、嫌いではありません。
逆襲における動機付けであるし、ホラーとしての強度は上がりますし。
ただ、勘の鋭い方なら早い段階で読めてしまうかもしれないですね。


全てとっぱらってホラーとして観た場合、個人的にはそれほど怖くなかったです。
ドッペルゲンガーたちの動きや表情は気持ち悪かったですけれど、カットの割り方や見せ方の構成などが、うまく言葉にできないけれどもあまり達者ではなかったような気がします。それこそ好みの問題なので何とも言えませんが、「ゲットアウト」の終盤の方が怖かったかな。
しかし(直接的な描写は外してありますが)スプラッターな見せ場は割と多く、特に友人一家が襲われる場面などは、ザラリと乾いた残酷さが支配していて大変満足。
最初にドッペルゲンガーたちが暗闇に並んでいる姿や、手を繋ぎあった大勢が並んでいる絵面のインパクトは素晴らしいし、最高に不条理でした。
そして、その不条理こそが、アメリカという国でまかり通っている不条理なのだと、この映画でジョーダン・ピール監督は訴えているのでしょうね。
(劇中でも登場する「ハンズ・アクロス・アメリカ」の顛末について調べると何となくわかると思います)


いま、日本でも急速に格差が広がりつつあります。
いつ、もう1人の自分があなたの生活を奪うためにやってくるのか分からないのです。
いや、あなたがハサミを振り上げる側になるかもしれません。
この理不尽を覆すためには殺しあうしかないのか?
違う道があると信じたいですが、この映画では不幸にも残虐な粛清が行われてしまうのです。


あり得ない設定は気になりましたが、テーマは極めて現実的で、心をかき乱すのに充分な怪作。
ただし、ホラー映画としての面白さを追求するには凡庸だと言わざる負えませんでした。
映画で伝えたいテーマって、隠し味程度の方が効き目があるのではないかな。
少々・・・いや、だいぶ露骨だったかもしれません(汗)


劇場(TOHOシネマズ海老名)にて