TaichiShiraishi

トールキン 旅のはじまりのTaichiShiraishiのネタバレレビュー・内容・結末

トールキン 旅のはじまり(2019年製作の映画)
3.9

このレビューはネタバレを含みます

ロード・オブ・ザ・リング世代としてはトールキンの伝記ときたら見ずにはいられない。そしてサリンジャーに続いて古風な天才が似合うニコラス・ホルトは佇まいがお見事。ちゃんと繊細だし、悩みが似合うし、タイプライターやサスペンダーが似合う。

テーマ的には「人生に無駄はない」ってことと「悲惨な時代こそ芸術が人を救う」ってことなのかな。

前々からロード・オブ・ザ・リング関連のドキュメンタリー番組は見ていたからある程度知ってはいたけど、指輪物語はただのオリジナル作品じゃなくて、ベオウルフやニーベルンゲンの指輪とか数々の神話がベースになっている。さらにそこには彼の歩んできた人生、出会った人々、そしてトラウマが大きく関わっている。

まず塹壕でトールキンに世話してくれる下級兵士の名前がサムと呼ばれる場面で鳥肌。

その後に移る幼少時代のセアホール・ミルは完全にホビット庄“シャイア”だし、暗雲立ち込める都市部のバーミンガムはアイゼンガルド、そして第一次世界大戦のソンムをはじめとする焼け野原の戦場は完全にモルドールだった。

でもなるべく単にロード・オブ・ザ・リングっぽい見た目にしないように気を遣ってはいたかな。出てくる竜もスマウグとは違うデザインだったし。ナズグルっぽい奴もナズグルに見えないようにしていた。

それにしてもトールキンの青年期だけに焦点を絞ったこの構成は大胆だと褒めたい部分もあるがやはり物足りない気持ちもある。
「指輪物語」がもともと超有名なうえにロード・オブ・ザ・リングの大ヒットも相まってもはや劇中でわざわざ説明しなくてもいい感じになってるのは分かるけど、もう少し執筆描写も欲しかった。
それに師匠のライト教授との絡みも足りないと思うし、仲間たちもジェフェリーに比重が割かれ過ぎな気もする。
ロバート・ギルソンが好調の父親に反抗する場面は良かったけど。
まあでも長いトールキンの人生だし、一番影響を受けた思春期~青年期の話を描くのが正解なんだろう。
トールキンの伝記らしく言葉を繊細に大事にしている数々の描写は良かった。ヘルヘイマ!って言いたくなるし(笑)。
そして彼が大戦で味わった喪失感がそのまま指輪物語の暗さと切なさに寄与していたのも良くわかる。戦いで傷ついたフロドが西方に旅立つのはトールキンの気持ちだったんだろう。
戦争対話を諦めた末に出現する巨大な暴力によって、忘れることのできないトラウマを負ったトールキンが、自分が最も大事にしている言葉を用いて、それを克服する芸術を書き上げたのは大いに称えたい。
ただ色々駆け足過ぎてあんまりエピソードが心に残らない部分もあったかな。

捨てに行かなければならない強大な力の指輪がいったい何を指し示したものなのかは掘り下げて欲しかった。
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