Kaji

ラストナイト・イン・ソーホーのKajiのネタバレレビュー・内容・結末

3.5

このレビューはネタバレを含みます

とっても面白かった、けどモヤモヤが残りました。

モヤモヤが何なのか考えなきゃね。

ネクストタランティーノ、っていうかポンジュノ手法というか、旧来の映画のコードを重ねてジャンルをミックスしていく技は、撮影のうまさも相まってすごいシームレスだったんですが、「おいおい、そんなに簡単に『オチ』つけていいの?」ってとこでモヤったのかなと思います。

搾取、加害、当惑、赦しっていうのが繋がっていくし、出てくるエピソードの配置や構成は見事でした。無駄がない。しかも目が楽しい眩いシーンの数々。演出力と撮影の絵作りはすごく上質でした。

しかしながら、60年台のショービズ界に入って、性搾取を体験した女性サンディが抱えた殺意を観客とエリーが同期していけたかっていうと、そこにもスリラーが入り、エリーの精神不安の切迫感が溶けたというか。幻視といえども「女性がミューズと出会う」セレンディピティや憧れをもうちょいショック度を落として描いてくれたら、エリーがあれだけ錯乱していくのもわかりやすくなるのに、と思いました。
 見えているもの・見たいもので憧れを無邪気に醸成していたエリーの目線が崩壊していく中で、「観たいものだけ観ていた」状態から抜け出すのに、ミューズが殺人鬼だったという要素が強すぎて主要軸の権力勾配の不当さが薄れた感じがあります。
 だけど、最後、エリーはサンディを「わかるわ」と家が燃えている中でハグして、赦しが訪れます(あのシーンはすごい好きだけど)「わかるから何人殺してもいい」というオチ、安直だったなと思います。
 性の搾取者は私も正直「死ねよバーカ」と思いますが、連続殺人は肯定しかねます。一人で爆発してくれ。。
でもこの過激さがエドガー・ライト監督の味というか、モラルではなく私感を描く姿勢は一本気だなと思います。そのことで「あの部屋」に降り積もった情念といか残留思念が吹き出す感じ。それがなければ、平凡な映画だったのかなと思います。つまり、私のモヤモヤは多分、とても平凡な目線のものなのだと思います。。

 二人のヒロインが体験した抑圧も、エリーはスクールヒエラルキー、サンディはジェンダーハラスメントという性質が異なることで。だけど、「何でこうなるの」という、憧れや期待がたちまち搾取される苛立ちと疑問の大きさはすごく伝わってきました。

その中で、全く異なる男性像のジャックとジョン、銀髪のバーの常連という3人が登場したことは意味深いと思います。
Kaji

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