次郎

TENET テネットの次郎のレビュー・感想・評価

TENET テネット(2020年製作の映画)
4.4
時間が逆行する表現と言えば真っ先に思い浮かぶのがアメリカのヒップホップグループ、ファーサイドが95年にリリースした「Drop」のMV。鬼才、スパイク・ジョーンズによる全編逆回しの映像と若きJ・ディラプロデュースによる最高にクールなトラックは、当時大量のパロディが作られるほどの流行りっぷりでした。逆再生なのにライムはそのまま歌っているように見えるため、わざわざ逆さまにした歌詞を歌わせていたその凝りっぷりにはノーランも絶対影響を受けていたはず。

https://youtu.be/wqVsfGQ_1SU

そんな訳で3年ぶりとなるノーラン大先生の新作は、時間というテーマをフィルムならではの表現方法でこれでもかと描いてきた。ほら、最近の時間ものといえばループものが主流だけど、あれってやっぱりゲームという媒体ならではの表現方法な訳で。個人的にノーランという人は映画という媒体で出来ることを最大限にやり切ることが第一な人で、ストーリーや脚本やらは後付けで作ってるんじゃないかという節がある。彼の作品に付き纏う難解さというのも、「まずは映像と編集ありき」と考えれば納得がいくのではと思ったり思わなかったり。あとは意図的な説明不足とか。
そういう意味で個人的には本作は複雑さや空虚さこそあれど、身構えていた程の難解さを感じることはなかった。ものっそ説明不足で想像の余地に留める部分多すぎとは思ったけど。あ、エントロピー云々については講談社ブルーバックスから出ている熱力学の入門書『マックスウェルの悪魔』を読んでおくとめちゃんこ理解できます。

おそらく、本作において何かしらの空虚さを感じるとするならば、それは意図的に語られない主人公の背景だったり、登場人物のステレオタイプな造形だったり、物語の希薄さが故なのだろう。で、そういった批判に対しておそらくノーラン大先生は「そんなものはTVドラマにでもやらせておけ!」とでも言うんじゃないかな。映画には映画にしか出来ないことがある。特に終盤における順行/逆行の入り混じる、逆回しの映像/逆回し風の演技を入り混じらせた画面は、死ぬほどデカいIMAXスクリーンとジーンズ震えるウーハーの低音を浴びながら体験することで始めて120%の意味を持ちうる訳で。図らずともノーランはこのご時世に映画館に行く意味を、映画の台詞にある通り「感じさせて」くれる作品を産み出してくれた。そのことに対する圧倒的感謝を何より捧げたい。

そういえばノーランの映像表現といえば毎回「交差」「回転」辺りがキーワードになってるけど、本作に於いてもそれは例外でなくてほっこりした。特に序盤の線路におけるシーン、何の必然性もなく電車が交差するところは「あ、ここからノーランの世界が始まるぞ!」感あって大好き。
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