ひかる

TENET テネットのひかるのレビュー・感想・評価

TENET テネット(2020年製作の映画)
4.5
中学生の時、Yくんという友達がいた。
彼はそれはひどい理屈家だったが、俺は彼の割と尖った意見が面白くてよく一緒にいることが多かった。
俺の友達は総じて今も昔も変人しかいない。

Yくんはある日言った。
「タイムマシンは存在しない」と。
初めて読んだ本がドラえもんで、ドラえもんが大好きだった俺はもちろん反論した。未来ではタイムマシンがきっと存在している。未来のことは誰にも分からない。故に証明のしようがない、と。

Yくんは被せて反駁した。
「俺はタイムマシンで小学生の俺に会うつもりだ。けれど俺は未だかつて未来の自分に会ったことはない。つまりこれはタイムマシンなんて無いってことなんだ」

俺は全く理解出来ないまま「そうなんだ。でも俺はあると思うよ」と言った。
小競り合いが始まった。

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さて今回、去年から非常に楽しみにしていたテネットを観たわけだが、めちゃくちゃ難しかった。
こんなに難解な映画は「裏切りのサーカス」以来といえる。
それでも2回観てパンフを買って読み込んで理解を深めて、ようやく思ったのは「ドラえもんの世界観にめちゃくちゃ近い」ということ。

この映画では「過去への遡り」が書かれているが他のタイムトラベル映画(ターミネーターやバックトゥ・ザ・フューチャーなど)とは違い、
「何度誰が過去に行ったところで未来は決定していて、過去に行ったところでそれすらも確定した未来の一部に過ぎない」という書かれ方がされている。

ドラえもんにおけるイシシ仮面という話を知っているだろうか?

イシシ仮面という漫画を描くとある週間漫画家が締め切り間近になっても漫画が1ページも完成しないため、ドラえもんが未来に行って完成品を書き写し現代に戻り、やっと締め切りに間に合わせるという内容である。

ドラえもんは最後にこう言う。
「未来の原稿を書き写して現代の漫画が出来るなら、一番最初の原稿は誰が書いたんだ?」

これがこの話のオチになる。
過程と結果の順序がゴチャ混ぜになって、まるで辻褄が合わず、誰が「一番最初の原稿を描いたのか」は最後まで分からない。

つまり、この話の中ではドラえもんが未来に行くことが運命的に決まっていて、その上で漫画が出来上がることが運命付けられているのだ。

次いでTENETでは過去に行っても未来を変えることは一切出来ず、他の時間移動モノのようにパラレルワールドが存在せず、一本しかない世界線を進んでいく。

物語全体から観ると時間移動することも最初から運命的に決まっていて、未来が存在しているということである。
これは先刻のドラえもんの話の作りにかなり似ている。

正直、二度観たときに感動した。
この人間の自由意志を無視した作りは、ノーランのデビュー作である「メメント」と全く同じ構造なのだ。

未来は決定していて、それを変えることは時間移動したって誰にも変えることは出来ない。
運命に沿って物語は進んでいくのである。

メメントと同じくテネットも、一本の映画としてそれを観た時に初めてこの物語のタイムラインと全貌が明らかになる構造をしている。
凡百の物語ならば未来を変えるために主人公が過去へ移動して望む未来を手に入れる結末が用意されているが、
この映画において観客は初めから結末の決まっている、誰も変えることの出来ない物語を観させられるに過ぎない。

このまるで辻褄の合わない物語は一見すればひどく残酷であるかもしれない。

けれども、既に定まった運命に従って進む者、
知らぬことを「無知は武器」として進む者、
ただ翻弄される者、
多種多様な登場人物は、決して未来を諦めることはない。
それは主人公も悪役も変わらない。

この話において「運命を変えてやろう」という自由意志が作中で影響することはないとされている。
しかしどのキャラクターもただの傀儡として生気なく運命を彷徨っているわけではない。
次々起こる過去や未来の苦難に対し
「起きたことは仕方ない。今この時間でなんとかするしかない」
と、時間の流れに翻弄されつつも決して「今」への情熱を絶やさない。

未来が決まっているのに、
運命は避けられないのに、
「今」を考え悩み、進んでいくことに果たして意味はあるのか?

その答えのないパラドクス(矛盾)は、この映画をより興味深いものへと昇華していて、現代を生きる人間への、ノーランからの激励にも取れる。

キミの行動は、どこまでが誰かの書いた筋書きに沿っているのか。
キミの信念がもたらすものは、どこまでが確定した運命に過ぎないのか。
自分自身のTENET(信条)が、どこまで世界を動かせるのか。
それを決めるのは自分自身でしかない。

そのような問いかけを観るものに与えている。

テネットとは、インターステラーと同じく、大いなる概念に立ち向かう人間の信条が織りなす物語である。

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Yも今はもう十分大人になって、きっとまだ生きているだろうか。それも分からない。
彼もひょっとすると、辻褄を無視して過去の自分に会えたのかもしれない。
また、それはまだ見果てぬずっと先の未来の出来事やも知れぬ。

大きな矛盾を残しながら、彼や俺が生きるどこかの時間座標上に「回転ドア」は存在するのかもしれない。


自分の信条を忘れなければ、あるいは「それ」に出会えるのかもしれない。
ひかる

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