にしやん

あなたの名前を呼べたならのにしやんのレビュー・感想・評価

あなたの名前を呼べたなら(2018年製作の映画)
4.5
なんとも切ないラブストーリー。

いまだに残存する身分制度と凄まじい階級社会に縛られたインドのムンバイを舞台に、メイドと雇い主、身分の違う者同士の恋を描いた格差ラブストーリーならぬ、階級差ラブストーリーや。マンションという一つ屋根の下で、立場や身分の全く違う2人の人生が少しずつ触れ合っていく展開やな。

とにかく脚本の出来がいい。まさに脚本の映画やな。無駄なもんが一切削ぎ落されてる。二人のセリフも非常に少ない。いかにシンプルにしていくか、いかにリアリティを持たせるかということに心血が注がれてる気ぃがしたわ。激情がほとばしるような恋愛映画では決してないにも関わらず、終始2人の心の揺れや動きに引き付けられてまう。ちょっとした瞬間の積み重ねによって関係性が築かれていく様子が、観てるもんにも充分伝わる内容やったわ。それに、「こうするべきだ」というような強制やとか、説教臭い表現も一切なく、メイドのラトナを単なる被害者として描いてへんとこが、逆にインド社会の厳しすぎる現実を非常にリアルに浮彫にしてたりもしてるな。

演出面で言うと、ポイントはマンション内で最も多く映される玄関と廊下やな。身分の違う二人は、狭い玄関とそれに続く廊下にいる時にだけ物理的な距離が近づくねんけど、玄関と廊下ですれ違う二人が、毎度毎度それぞれの思いを抱きながら動く姿はほんまに美しいし切ないわ。

ラトナは二重のハンデを背負ってる。貧しい農村の出身であることと未亡人であること。特にインド人の約8割を占めるヒンドゥー教徒の場合、未亡人は婚家に死ぬまで縛られながら夫の菩提を弔わなければならず、派手な衣裳や化粧、アクセサリー許されず、再婚するなんぞもってのほかや。ラトナの発した「村では、未亡人になったら人生終わりです」の言葉がグサッとくる。それでも婚家に仕送りし、実家の妹の学費を稼ぎながらも、ファッションデザイナーを夢見て前向きに生きるラトナに、観てるもんは皆心打たれるわ。

ラストシーンは秀逸や。「こうきたか!」と。なんという切なさや。なんという余韻や。泣ける。こんなインド映画観たことない。原題「Sir」を「あなたの名前が呼びたくて」という邦題にしたんが素敵すぎるな。この邦題の意味の深さにあらためて気づかされる。せやけど原題の「Sir」も決して悪い訳やない。映画の最後にもういっぺん原題がタイトルコールされるんやけど、これはこれで印象的やった。

本作はアメリカで教育を受け、ヨーロッパ映画界で助監督や脚本家として活躍する、インドのムンバイ出身の女性新人監督が、差別が残るインド社会に変革を起こしたいという情熱で作り上げた力作や。この映画のストーリーに対して、この映画のスタッフや監督の家族でさえ「絶対に起こり得ない語」と断言するタブーらしい。理由は色々あるみたいやけどインド国内での上映もまだ実現してへんとのことや。インドはものすごい格差社会、階級社会やから、この映画は男女の恋愛というモチーフを武器に、社会システムをブチ壊そうとする、ある意味とても過激で挑戦的な映画やと言えるな。色々大変やろと思うけど、是非インドでも上映してほしいもんやわ。

せやけどわし等日本人かて、この映画観てインドの現実にびっくりしてる場合やないで。世界経済フォーラムが発表した「ジェンダーギャップ指数2018」で、インド108位に対して、日本は何と110位。インドよりも女性の地位は下回ってるみたいやで。よその国の心配してる場合やないかもな。考えやなアカンのはわし等のほうかもな。「未亡人」って日本語やけど、「未だ死んでへん人」って意味や。最悪やな。
にしやん

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