みりお

あなたの名前を呼べたならのみりおのレビュー・感想・評価

あなたの名前を呼べたなら(2018年製作の映画)
4.1
この2人の生活を、このままずっと観ていたい。
そう思うような穏やかな時間が、そこにはありました。
言葉ではなく目で伝え合う愛、相手の帰りをひたすらに待つ時間、あなたがそこにいるという安心感。
女性監督ならではの、主人公たちの息遣いが聴こえてくるような、静謐かつ穏やかな展開が、逆にリアルに現代インドの生活を伝えてきてくれたように思います。

インドの田舎村出身のラトナは、19歳で結婚し、たった4ヶ月で未亡人になってしまいました。
その村では、未亡人は二度と誰とも結ばれず、肉親の結婚式にすら出られない忌み嫌われる存在。
まだ若く、夢も希望も持ちたいのに、ラトナはもう未来を夢見ることができません。
せめて口減らしのためにと、首都・ムンバイへと出稼ぎに来て、大企業の御曹司・アシュヴィンの家でメイドとして働き始めるラトナ。
ここから物語はスタートしていきます。

一方アシュヴィンは、結婚式当日に婚約者に浮気の末逃げられて、失意の中でラトナとの共同生活をスタートします。
本来なら妻を迎えるからこそ、雇ったメイド。
妻がいない家で、雇い主とメイドとはいえ男女が2人で暮らすことは、いらない憶測を呼んでしまうことはわかっているけれど、優しいアシュヴィンはすぐにラトナを解雇することもしなかったのです。

本来なら共に暮らすことなどなかった関係。
アシュヴィンが妻を迎えられなかったから。
ラトナが未亡人となったから。
たまたま始まった2人の生活は、当初は2人にとって居心地のいいものではなかったはず。
アシュヴィンは、ラトナにとって雇い主であり、カーストも異なる、絶対的な"旦那様"。
ラトナは、アシュヴィンにとって身の回りの世話をしてくれるメイドであり、妻がいれば言葉を交わすこともほとんどなかったかもしれない存在。

けれどその2人が、お互いの喪失と窮屈さを重ね合わせて、確実に心を重ね合わせていく…
その過程がとても穏やかで静かで、ただただ清涼感に溢れていました。
けれど同時にどうしても越えられない一枚の壁がしっかりと描かれることで、どれほど心が近くにいようと、共にいることすら許されない身分制度による差別が浮き彫りにされていきます。

しかしその差別や偏見、身分制度を唯一超えられるものは、愛、すなわち"人の心"なのでしょう。
夫を喪い、未亡人という籠の中に閉じ込められているラトナ。
兄を喪い、会社の跡継ぎという籠の中に閉じ込められてアシュヴィン。
ラトナはその中にあってもがむしゃらに生き、仕立てを習ってファッションデザイナーになるという夢に向かって歩み続けていました。
しかしアシュヴィンは、昔留学していたアメリカに戻りたいと思いつつ、兄を喪った両親を慰めるために、ただただ目の前の仕事に打ち込むしかなく…
同じように籠の中に閉じ込められているにも関わらず、ラトナは必死に蓋を開けようともがき、アシュヴィンは籠の中で縮こまる生活だったように思います。

そんな2人の人生が重なった時、自分にない強さを持つラトナに、アシュヴィンは惹かれていきました。
それが必然だったようにも思えるくらい自然に…
そこには、強く前を向くラトナへの尊敬の念があったからだと思います。
人と人の関わりは、見た目や肩書きで測れるものではなく、お互いの内面を愛していくことなんだと感じさせられます。
そしてそれに気付いたアシュヴィンが、身分や立場の差など気にせずラトナに愛を傾ける様子からは、人を愛すのに必要なのは尊敬だけであり、身分などは関係なくあるべきだという、強いメッセージが伝わってきます。

しかしそれをトップダウンで打ち破るのは楽に思えても、下から壊していくことは本当に大変なこと。
一度下の階級に生まれ、"田舎者"として育ってきたラトナは、彼と生きる未来に、愛する喜びよりも恐怖を感じてしまい、愛する人からの告白を前にしても、その人の名前すら呼べず、「Sir」と呼び続ける選択をとります。

階級制度を敷き、生まれた瞬間から人々をそれに縛り付け、その階級にだけそぐうように生きさせることの弊害を、見事にえぐり出していた作品でした。

現代インドの話と聴きつつも、どこまでリアルなのだろうと思いながら観ていましたが、現にこの作品を見たインド系の人々からは「およそありえない」夢物語だと言われているそうです😳
インドでは今なおこうした差別意識が当然のように蔓延していて、こんな関係性を公にすること自体が大きなタブーであるとのこと。
そんな現代の問題に対して、穏やかに、しかししっかりと斬り込みをいれてくれた作品のように感じました。


【ストーリー】

農村で生まれたラトナ(ティロタマ・ショーム)は、ムンバイで建設会社の御曹司アシュヴィン(ヴィヴェーク・ゴーンバル)の家で住み込みのメイドとして働いていた。
ファッションデザイナーを夢見る彼女は、挙式直前に婚約者の浮気で破談になった傷心のアシュヴィンを気遣いながら身の回りの世話をしている。
あるとき、ラトナがアシュヴィンにあることを頼んだのをきっかけに、二人は親しくなっていく。


【キャスト・スタッフ】

*監督:ロヘナ・ゲラ

インド出身🇮🇳現在はフランス在住🇫🇷
アメリカの大学で文学や芸術を学び、在学中にパラマウント・ピクチャーズでインターンとして映画製作の現場に立ち会い、インドに帰国して脚本家として活躍しました✨
2013年に初のドキュメンタリー映画『What's Love Got to Do with It?』で監督デビュー🌟
しかしインドではドキュメンタリーの劇場公開すら難しく、何度も自主上映会を開き、徐々に評判が広めていったといいます。
そして評価を高めていき、本作は満を持してのロヘナの長編監督デビュー作🌟
デビュー作ながらカンヌ国際映画祭で上映されて高い評価を得ました🎉


*ラトナ:ティロタマ・ショーム

インド出身🇮🇳。
2001年の『モンスーン・ウェディング』で映画デビューし、世界中の観客を虜にしたと言われています。
その後一時映画の世界を離れ、ニューヨーク大学で演劇教育の修士号を取得。
その後は仕事をしながら、刑務所や家庭内暴力を受けた人たちの保護施設などに存在する暴力やセクシュアリティーなどの問題に取り組み、4年後に映画界に復帰✨
2013年の『Qissa』では、数々の賞を受賞しました🍀


*アシュヴィン:ヴィヴェーク・ゴーンバル

インド出身のインド系シンガポール人🇮🇳
アメリカの大学で演劇を学び、当初は舞台で活躍✨
2004年にムンバイに移住し、数多くの映画・TV作品に出演しました。
また映画製作会社ズー・エンターテインメントの創設者でもあり、同社が手掛けた『裁き』は第88回アカデミー賞外国語映画部門インド代表に選出されたとのこと👀‼️
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