オザキ

罪の声のオザキのネタバレレビュー・内容・結末

罪の声(2020年製作の映画)
4.7

このレビューはネタバレを含みます

「グリコ・森永事件」という名前だけは知っていた程度で、観ながら「ああ、これがあれなんか」と気付くほどに何も知らずに鑑賞。
自分が生まれるずっと前に、自分が住んでいる地域であったことを知る機会にもなりました。
阪神大震災とかはそりゃもう学ぶ機会は多かったけど、こういう事件を知るきっかけってなかなかないですね。

脚本の野木亜紀子氏が好きで観にいったんですが、さすがというか、人間を絶対に「数」で見ない脚本。
人間を、その一人一人の人生の長さを、深さを、喜びや悲しみや痛苦を一つ一つ拾い上げていくお話でした。

『罪の声』というタイトルに連なる、関係者、被害者、そして加害者の声。
たくさんの声を印象付けるようにテープレコーダーや電話が登場し、それらを介して35年もの間封印されていた声が次々と水面に浮上してくる。

印象に残っていて、強く胸を打った3つの場面があって。

一つ目は、望さんの教師と親友が長い間秘めていた苦しみを曽根に吐露する場面。
ああ、これも「声」なんだと思いました。
ずっと吐き出せなかった、誰かに聞いてほしくて、でも誰にも言えなかった、そういう「声なき声」。
誰かに聞いてもらうこと、声に出すことがあんなにも彼女らを解放するのかと。

二つ目は死を選ぶ直前だった聡一郎の耳元で静かに繰り返された、電話越しの曽根の「あなたは今どこで、どうやって生きていますか」という声。
誰にも知られてはいけない、誰にも知ってもらえない存在だった聡一郎にとって、「あなたを知っている」「あなたを思っている」ということばはどれほど、どれほど心を繋ぎ止めるものだったのか。

三つ目はラスト、望さんの電話のシーン。
パンフレットで脚本の野木亜紀子氏がおっしゃっていることが本当に嬉しかった。
望さんの人生は望さんのもので、あのあと非情な終わりが来るのだとしても、あの電話のシーンでは確かに望さんには生きるという意思も、夢も、希望もあった。
それを丁寧に描くことで、絶対に望さんの人生を悲劇で塗り潰させやしない、という優しいラスト。

この三つの場面以外にも、たくさんの「声」が丁寧に掬い上げられています。

加害者たちの怒りや苦しみも間違ったものではない。でも彼らはやり方を間違った。
自分たちだけでなく、その憎い相手や、自分の周りの人間一人一人にその人だけの人生があるのだということを見失ってしまっていた。
その愚かさも、加害者たちの「声」から見えてくる。

表立った被害者はゼロだったのかもしれない。
でも、人は数えられても、人生は数えることはできない。
何十もの「声」と真正面から相対させてくれ、一観客に過ぎない私にすらそういう思いを抱かせてくれる素晴らしい作品でした。

主演二人、小栗旬さんと星野源さんも本当に良かった。良かった…。
オザキ

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