あんがすざろっく

カセットテープ・ダイアリーズのあんがすざろっくのレビュー・感想・評価

4.3
数ヶ月ぶりに劇場に足を向けました。
しばらく自粛するつもりでしたし、劇場に戻るのは早くても「TENET」かなぁと考えていたのですが…。
この作品をレビューしない訳にはいかない。
だって、ボスが僕を呼んでるんです。


結構前から観たい作品リストにクリップしてて、
しばらくしてクリップリスト見たら、なんかクリップした覚えのないタイトルが。
えっ、何?「カセットテープ・ダイアリーズ」?

開けてビックリ、「Blinded by the Light」がそんな邦題になったの⁉︎
何もカスってないじゃん‼︎
スプリングスティーン何もカスってないよ‼︎
いや、スプリングスティーンがメインのストーリーじゃないかも知れないけどさ、あまりに原題から離れ過ぎじゃない?
色々映画会社の方達が一生懸命考えたタイトルに
あーだこーだ言うのは申し訳ないんですが、ちょっと(いやかなり)ガックリ。

でも、内容が良いなら、結果オーライ‼︎と思えるはず。

あ〜、久しぶりの映画館。久しぶりのこの空間。
やっぱり劇場で観る映画は特別です。





イギリスのルートンに住むジャベドは、パキスタンからの移民一家の一人息子。
厳格な父親の教えや教訓、全てが一家の主である
父親の価値観で回っており、ジャベドの考えを挟む余地はない。
ジャベドと幼なじみのマットはロックミュージックが大好きだが、出自はパキスタンとイギリス、
ジャベドは常に人種差別の偏見に晒されるのだった。逆にマットはイケメンに育ち、イケてるガールフレンドもいる。

幼い頃から日記を書くのが好きなジャベドは、多くの詩を書き溜め、ミュージシャンを目指すマットに歌ってもらえるよう渡すが、お前の歌詞は暗い、と採用してもらえない。

ジャベドは学校で、同じパキスタン人のループスから、あるカセットテープを貸してもらう。
ブルース・スプリングスティーンの「ボーン・イン・ザ・U.S.A.」と「闇に吠える街」。
やりたいこともできず、詩を書くことを諦め、書き溜めていた詩を捨てようとした時、ジャベドはウォークマンでスプリングスティーンの「ダンシング・イン・ザ・ダーク」を聴く。
その瞬間、ジャベドの体中に電流が走った。

"僕は僕自身に疲れてうんざりしている
そこの君 僕を助けてくれないか

君に火はつけられない
火花なしでは火はつけられない
誰かが火をつけてくれるのを待っている
今僕達は暗闇の中で踊ってるだけだけど"


そうか、こんなにも自分の気持ちを吐き出し、歌える人がいるんだ。
ブルース・スプリングスティーン。ボス。

パキスタン人じゃない。親の世代が聴く音楽なんかじゃない。
彼が歌ったのは、アメリカ万歳‼︎なんかではない。
ジャベドはボスの歌に、自由の謳歌と、くすぶる
胸の内を見る。

一度は捨てた沢山の詩をかき集め、高校で論文の講義をしているグレイの元へ持っていく。
グレイはジャベドの才能に気づき、これからも詩を書くように勧める。

それから、ジャベドの生活は一変する。
自分の気持ちを表現することを覚えたジャベドは密かに好意を寄せていたイライザにも自らの想いを打ち明け、二人は付き合うことに。

ボスの音楽にも益々心酔していき、髪型や服装まで彼に寄っていく。
幼なじみのマットは、音楽の方向性の違いで仲違いしてから、口も聞いてもらえない。

自我を確立し始めたジャベドを、父親も快く思っていない。
物書きになりたい、というジャベドに、あんなものは金にならない、立派な仕事に就いてしっかり稼ぐんだ、付き合うならユダヤ人にしろ、と保守的な考えを押し付ける。
ジャベドの気持ちを分かってくれるのはイライザと、ボス仲間のループス、そしてボスの音楽だけだった。

ジャベドは果たして、鬱屈としたルートンの街から抜け出すことは出来るのか…。



スプリングスティーンの音楽満載の青春映画。
ボスことブルース・スプリングスティーンについては、以前レビューをあげた「スプリングスティーン・オン・ブロードウェイ」でも書かせて頂いたので、宜しければこちらも読んで頂けると嬉しいです😊

私はロックンロールの未来を観た。彼の名は
ブルース・スプリングスティーン。

さながらジャベドの受けた衝撃は、そんな感じだったでしょう。

作品の要所要所で、ジャベドの気持ちを代弁するかのように、スプリングスティーンのナンバーが流れます。ジャベドが歌い、踊ります。

正直な話をします。
僕は最初、むちゃくちゃ違和感満載で…
というのも、やはりスプリングスティーンの音楽で歌い踊るという感覚が、イマイチしっくりこないんですよ。
えっ、この曲に合わせて踊るの?
観る前に頭の中で思い描いていた映像と、あまりにかけ離れていました。

流れたナンバーはみんな大好きなんですよ。
「涙のサンダーロード」とか「裏通り」とか。
忘れてはならない「ハングリーハート」も。
「リバー」は、改めて好きになることが出来ました。
しかし「明日なき暴走」、あれは合ってるのかなぁ。


それが途中から様相を変えていくんです。
ジャベドの父親が失業し、彼の強い反対を押し切ってジャベドが大学で論文の勉強をしようと、家を飛び出した時から、俄然物語に吸い込まれました。

僕は気付いたんです。
それまでのスプリングスティーンのナンバーが、ジャベドにとっては借り物だったのではないかと。
自らの気持ちを表す為の導火線にはなったけど、きっと自分を見つめ直して、スプリングスティーンの音楽を通して、自分の言葉で何かを伝える必要があったんですね。

故郷のパキスタンの地を捨て、幸せな生活を夢見てイギリスに渡ったジャベドの父親。
彼が涙しながら、妻に謝まるシーンが忘れられず。
娘の結婚式を前にしても、仕事が見つからないというこの上ない不憫さ、やるせなさ。
パキスタン人という出自が、自らに壁のように
のしかかってくる。
イギリスに渡っても、パキスタン人であることは捨てられず、差別の的に晒される。
こんな地を夢見た訳ではなかったはず。

思えば、映画「ボヘミアン・ラプソディ」の中でもフレディが「パキ野郎」と罵られます。
彼は出自はインドだけど、イギリス人にはインド人もパキスタン人も一緒に見えるのかも知れません。僕も分からないと思います。
フレディの父親も、きっとイギリスを夢の場所だと信じて、インドを出たのでしょう。

この父親のエピソード辺りから、スプリングスティーンのナンバーの聴こえ方が、明らかに僕には違ってきたんです。
それはやはり、スプリングスティーンの音楽がジャベド「だけ」の気持ちに寄り添うものでなく、もっと引いた部分から、多くの人に語りかけるものとして描かれ始めたからだと思うからです。

スプリングスティーンはアメリカのロックシンガーです。
確かに、最近はアメリカ社会の現状を歌った曲も増えましたが、アメリカ人にしか分からないという曲だけではありません。イギリス人だとか、パキスタン人だとかといった人種の括りを越えて響くナンバーも多く存在します。

「プロミストランド」というナンバーのメロディが何度か流れるんですけど、僕はこれが一番のテーマとしてあったからではないか、と思いました。

"犬たちがメインストリートで吠えている
奴らには分かっているんだ
一瞬でも時間を自分のものにできたらいいのだが
ミスター、俺は子供じゃない 俺は大人だ
そして俺は約束の地を信じている"

スプリングスティーン自身、父親と良好な関係を築けた人ではありません。
その苦悩が、今回のジャベドと父親との姿にダブって見えます。


何より一番嬉しかったのは、僕にとってのスプリングスティーンのNo.1ソング「ジャングルランド」が流れたことです。
サントラには未収録なんですが、作品の大変重要な場面で、この曲の後半部分が流れるんです。
そのあまりの見事さに、よくぞこの場面でこのナンバーを‼︎と感謝したくなりました。
フルで聴くと8分近くある長尺の曲ですが、そのドラマチックな展開、クラレンス・クレモンズの泣きのサックス、訳もなく走り出したくなるような衝動、是非とも最初から通して聴いて頂きたい名曲です。

作品の終盤、ジャベドとループスはスプリングスティーンの故郷、アズベリーパークを訪れ、様々なスプリングスティーン縁の地を歩くシーンがあります。羨ましいなぁ。

マットとジャベドの仲違いの原因も、それ分かるなぁ(笑)。
マットはA-HAが大好きで、シンセミュージックが音楽の未来だと信じている。
そりゃ、スプリングスティーン信者のジャベドとはぶつかります。
しかもマットの父親もスプリングスティーン派で、ジャベドと意気投合したことから、それもマットは気に入らない訳です。
やっぱり父親と息子の関係は、描いても描いても描き足りなくて、それが魅力でもあるんでしょうね。


ジャベド役にはヴィヴェイク・カルラ。本作が本格的な映画デビューのようですね。大きな瞳が印象的です。

ヒロイン、イライザを演じたネル・ウィリアムズも魅力的です。

また、グレイ先生を演じたのがヘイリー・アトウェル。
「キャプテン・アメリカ」のペギー・カーターで有名ですね。

マット役のディーン・チャールズ・チャップマンも好演。
本当にミュージシャンになりそう。
その後マットはミュージシャンになれたんですかねぇ。

ジャベドのお父さんはクルヴィンダー・ギール。
イギリスでは大変有名な役者さんとのことです。
厳しいけれど、弱みを見せられない危うさを表現します。

また、隣人のエバンズを演じたデイヴィッド・ヘイマンが味のある演技を見せており、陰ながらジャベドの才能を認める姿がいいですね。


原作はサルフラズ・マンズールという方が書いた自叙伝です。
本当にスプリングスティーンの音楽に助けられて、作家になられた人なんですね。
この原作も読んでみたくなりました。

本作の監督はグリンダ・チャーダ。
本作を監督するにあたり、スプリングスティーン本人にも意向を伺った際、快諾してくれたそうです。
プレミア上映にも招待されましたが、
「僕が出席すると、観客の注意が作品から逸れてしまうから」と辞退したエピソードも、本当に
スプリングスティーンらしいです。

後日作品を鑑賞したスプリングスティーン、大絶賛されたとのこと。
前述したジャベドと父親との姿を見て、彼は何を思っていたのかな。
それが気になるけど、きっとパーソナルな話はしたがらないでしょうね。

「スプリングスティーン・オン・ブロードウェイ」のレビュー前でも書きましたが、やっぱり来日して欲しいなぁ。


https://news.yahoo.co.jp/articles/8b3845dd51dcd39322302ed6a2ec8a61aadd9dfe



日本では過小評価されている感がありますけど、これを機会に人気に火がつかないかなぁ。




映画のエンディングで流れる「明日なき暴走」。
この曲がエンドクレジットにかかる映画が観れる日が来るなんて。泣けちゃいますよ。ホント、僕嬉しくて震えたんですよ。

続いて流れた「アイル・スタンド・バイ・ユー」。
もともと「ハリー・ポッターと賢者の石」の映画の為に書かれたナンバーでしたがお蔵入りとなり、今回初公開の未発表曲です。
これもまた素晴らしく良い曲‼︎

まだまだ名曲はたくさんあるし、テーマを考えても、流して欲しかったナンバーはありますが、監督も熟考した上での選曲ですよね。
「ボーン・イン・ザ・U.S.A.」にあまり大きく触れなかったのも、潔くて正解だったと思いました。


はぁ、やっぱりスプリングスティーンは良い。
劇場で観る映画も良い。

今劇場では、「涙のサンダーロード」にインスパイアされた「サンダーロード」も公開中。
ここにきて、スプリングスティーンブーム(笑)?
こちらはDVDを待とうかな…。




さて、冒頭でお話した、この邦題どうなの?
う〜ん、そのまま訳して「光に目もくらみ」でも良かった?かな。
それこそ「プロミストランド」でも良かったかも知れない。

とは言え、どの曲でも当てはめられる気もして、一旦スプリングスティーンから離れるのも一理あったかも知れませんね。
邦題を考える皆さんも大変な思いをして世に送り出されるんですしね。

うん、結果オーライ‼︎
あんがすざろっく

あんがすざろっく