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猿楽町で会いましょうの821のネタバレレビュー・内容・結末

猿楽町で会いましょう(2019年製作の映画)
4.5

このレビューはネタバレを含みます

つらい。きっつい。社会における性別の非対称性とか、強者が弱者から搾取しやすい社会構造とか、そんな社会の歪みから、人間ゆえの“弱さ”だとか、誰しもが抱いているけど隠してしまいたい“醜い”感情まで、赤裸々に描かれてていました。ものすごい熱量で圧倒的。凄まじい作品を見たという余韻が強く残っています。

最近邦画を見ることが増えたのですが、意外と最初から最後まで「これだっ!」って個人的にハマる作品は少なくて。予告を見た感じ「好きそうだな」と思ったり、実際に本編を見ていても中盤までとてもノってた作品はあるのですが、中〜終盤で意外な方向に進んだり、作り手との若干の温度差を感じて熱が冷めてしまうことも多々ありました。そんな中、本作は「これだっ!」の作品でした。個人的には大ヒット。予告とか全然見てなくて、SNSで良い評判をチラホラ聞いていたし、時間が合ったのでフラッと見に行った感じだったのですが、想像を大きく上回る傑作でした。軽い感じのおしゃれムービーかなと思ってた。全然違った。ごめんなさい。
(ちなみに、予告で賞を取っていたみたいなので、見なかったのは勿体無いことをしたと思っています…。)

冒頭にも書きましたが、全編をとおして人間の弱さだとか、狡猾さだとか、汚さだとか、いっぱいありました。みんなが、誰しもが持っているけど隠したくなる感情が剥き出しにされ、映し出されていた。ありのままのヒューマンドラマでした。人間って平面的な存在ではないですよね。「こんな人」って簡単に一言でラベルできる事ではない。人間関係が絡むと尚のこと。「問題」の原因を個人に帰結せず、陥れる大きな要因となる社会の歪さもきっちり描かれていました。
ある「問題」を構成する要素は一つではない。自己に内在するものや、他人によるもの、社会によるもの。あらゆる要素が複雑に絡み合って表面化する。そのプロセスが全く煩雑になっていないし、丁寧に映像化されていて。物語としてもとても分かりやすい。主演の2人の熱演はもちろん、ストーリーテリングの面も秀でていていたと思います。



…ここまでネタバレしないようにぼやかして書いていたのですが、力量的に限界が近いので、以下【ネタバレに触れながらの感想】になります。未見の方はご注意ください⚠️



この作品の中で、田中ユカは圧倒的な「弱者」。キラキラとした世界に漠然と憧れて、田舎から上京してきた。憧れを手にしようと背伸びしたり、手にしたかのように見栄を張ったり、嘘をついたり。もちろん、彼女自身にも問題があるのだけど、彼女を負のスパイラルに陥れたのは、「周りの悪い大人たち」の影響がとても大きい。受講生の足元を見て高額な授業を請求するスクール、成功への足掛かりをちらつかせて性的搾取をする業界人、そして言質をとっていないことを盾に「惚れた弱み」につけ込んでユカを都合のいい女ポジションに置く涼平 (ここについてはユカ自身の問題も大きいが)。さらにこれらの「強者から弱者への搾取」を容易にする社会構造。消費者の足元を見た悪徳業者、性産業、そしていわゆる「枕営業」。(メンズエステの「サービス」について、ユカヘ説明をする社員が「しないでね」ではなく「気をつけてね (≒するなら見つからないようにやれよ)」と言っていたのが印象的だった。) もちろん、個人の力量の面もあると思うけど、その分野でまだまだ売れていなかった大山田が受賞をきっかけにキャリアを積んでゆくのに対し、同じような立場だったユカが、受賞で少なからず注目を浴びたにも関わらず、依然としてメンズエステのお店で働き続けていたのも、なんとなく、社会における性別の非対称性を突きつけられた感じがした。実際に売れたヒサコがメンズエステを足がかりにしていた点にも。そして、その歪みに気づけない小山田にも少し悲しくなった。もちろん、彼はユカが出会う人々の中で圧倒的な善者で、ユカは彼に対して許されない事をしてる訳ですけど。彼だって「中毒」のように夜な夜なユカのスマホを盗み見て、出張の日程について嘘を吐いたではないですか…。ユカの仕打ちはひどすぎるし、あんな事をされたら流石に普通の人間は立ち直れないと思うけど、全貌を知ってしまった観客としては、全てを理解できない小山田に対してもどかしい思いをする部分があるのです。

何色にも染まっていなかった「田中ユカ」が、弱さや無垢さにつけ込まれて様々な人の色に染まってゆく。彼女自身にも、他人に漠然と憧れ、他人の色をコピーしようとする、染まりやすい下地があった。「色をつけない方がいいよ」「私の色って何色?」そんな小山田とユカのやりとりが印象に残っています。最初は何気ないシーンだったけど、後からユカの過去が明かされるにつれて、重みを持った問いかけだった事に気づきました。そして、エンドロールで気づく本作の英題『colorless』。色を見つけようとして、他人の色にぐちゃぐちゃに染まり、嘘を重ね、自分を見失ってゆく。ユカ自身にとっても、嘘が見栄や虚栄のための嘘から「自分に言い聞かせる嘘」「現実の自分から目を背けたいがための嘘」に変わってゆく。その過程がつらくて、しんどかったけど、とんでもなくリアルでした。

ぐっさり刺さりました。繰り返しになりますが、猛烈な熱量と、濃さに圧倒されました。去年『本気のしるし 劇場版』を見た時を思い出しました。奇しくも同じシアターだったので…。気焔を吐いている作品だと思います。好き嫌いがキッパリ分かれそうな作品ですが、合いそうな方はスクリーンで、ぜひ。


*追記
その後SNSなどでぽつぽつ呟いた感想記載。
・『あのこは貴族』が従来のエンタメにおける女性の虚像に対してNOを突きつける姿勢を見せていた一方で『猿楽町で会いましょう』は一見、よく描かれがちな「悪女」を再現していたのよね。でも彼女を断罪するのではなく、その背後にある社会構造全体の歪さと醜悪さに観客が気付かされる構造になっていた。

・最近の新作邦画で、モヤっとする表現にたまに遭遇するんですが、それらは作り手が無自覚に発生させているモヤ…な事が多いと思う。一方で『猿楽町で会いましょう』では、遭遇したモヤ…が作り手によって意識的に、観客が感じるように置かれているものだと漠然と感じた。あるべき文脈にあるというか。
すごい主観的な個人の印象に基づく感想なんですけど。好みに合ってたんだと思う。振り返ってみると、その辺りが最近見た邦画と一線を画して好きなポイントでした。
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