ヨーク

インディアナ州モンロヴィアのヨークのレビュー・感想・評価

4.4
フレデリック・ワイズマンの映画がつまんないわけないので当然この『インディアナ州モンロヴィア』も面白かったのだが、しかしこれは公開時にリアタイで観たかったな。リアタイで観てればもっと面白く感じたであろうとは思う。
というのもですね本作はそのタイトル通りにインディアナ州のモンロヴィアという町を描いたドキュメンタリー映画なのだがワイズマンがその場所を被写体として選んだのは2016年のアメリカ大統領選挙の結果を受けてとのことなんですよね。ちなみに本作の公開は2018年らしい。16年といえばまだ記憶に新しいがトランプがヒラリーを下して大統領に選ばれたあの選挙戦です。なんでもインディアナ州は代々保守勢力が強い土地で共和党にとっては盤石な地盤である州らしい。愛と信頼のウィキペディアをざっと見てみても大抵の大統領選では共和党候補が勝っている。それもここ40年の間で民主党が勝ったのは08年のオバマのみというから筋金入りの共和党地盤だ。まぁ、もっとも84年以降ずっと共和党候補が勝利している州とか他にも結構あるのでインディアナ州がアメリカ国内で最も保守的な地域だというようなことはまったくないけれど。しかし数ある共和党地盤の州の中でもインディアナ州を選んだのはなぜだろうかというと、本当のところはワイズマン本人にでも聞くしかないだろうが本作を観ていて俺が思ったのは、このインディアナ州モンロヴィアの風景が必要だったのではないだろうかということだった。
いやねぇ、いいんですよ、モンロヴィア。ワイズマンのいつもの感じで本作もナレーションとか一切なくて淡々とそこにある風景をフラットに切り取っていくのだが、本作を観ていると日本生まれの日本育ちでインディアナ州はおろかアメリカに行ったことのない俺でさえ「アメリカの心の原風景がここにある…」とか思ってしまうんですよ。広大な農場にのどかな田舎町、銃砲店にスーパーマーケットにバナナのたたき売りみたいなトラクターの競り、カントリーソングの流れる縁日に町内会的な寄り合い、そして結婚と死。こんなに静かでフラットな映画なのにラストの『アメイジンググレイス』で畏怖とも圧巻とも言えるような感情に包まれてしまう。アメリカ人の肉体と精神、生活と休日、生と死がやや絵画的にキマった映像ではあるが決して大仰にではなく全部単にそこにあるものとして描かれる。
あとはカウボーイが放牧してるシーンでもありゃ完全に美しいアメリカの原風景がここに、てな感じになるのではないだろうか。途中ちょっと寝たのでその間にあったのかもしれないが、まぁとにかく映画と音楽くらいでしかアメリカを知らない俺でもその美しい田舎の風景に癒されて、こういうとこでのんびり暮らすのもいいだろうなぁ、とさえ思ってしまったのだ。そしてそれがトランプとどう結びつくのかというと、ここがまた本作の凄いところなのだが映画の中では一切トランプには触れられないんですよ。トランプのトの字もないしポスターとかが画面内に見切れているとかいうのも俺が気付いた中ではなかったはず。でも選挙の出口調査的な数字とかを見ればトランプ支持者が大半を占めている地域なわけですよね。そこら辺で普通に仕事して飯食って友人と談笑している人たちがドナルド・トランプを支持しているわけだ。つまりそういう映画なんですよ、これ。本作が言いたいことはおそらく、トランプを支持してる人たちってキチガイじみた陰謀論者とかではなく、正にアメリカそのものであるような風景の中で普通に暮らしている人たちなんだということですよね。
そりゃまぁモンロヴィアって中々の田舎みたいだからロサンゼルスとかニューヨークで暮らしてる人と比べたら文化的に洗練されていなかったりやや排他的で凝り固まった考えを持っていたりもするかもしれないが、多分アメリカ人(というかどこの国でも)の大半は都市部以外で生きている人間の方が多いので平均値という意味での普通というならば本作で描かれた人々が普通のアメリカ人だと思うんですよね。だってちょっと笑っちゃったんだけど、途中の縁日のシーンで30代後半くらいのおば…おねーさんがグリーン・デイのライブTシャツ着ててさ、これ撮影が2017年前後でしょ、だったらそのおねーさんは仮にグリーン・デイが全盛期の00年前後にファンになったのだとしたらちょうど20歳前後くらいのときにグリーン・デイにハマったことになるわけだ。すげぇ普通な感じがするよなって思ったんだよね、その感じが。もちろん、そのおねーさんは最近グリーン・デイを好きになったのかもしれないし、そもそも適当に家にあったTシャツを着ただけでグリーン・デイのファンでも何でもないかもしれないけどさ、でもそういう風に観える風景をちゃんとワイズマンが捉えてたってことは間違いないと思うんですよね。
『ジャクソンハイツ』のような雑多な多様性はないが、しかしむしろそれがアメリカという国の大半を占めているのだということ。そしてそういう人たちを批判的に撮るのではなく、普通のことだというような眼差しで撮る。リベラルで銃なんて規制した方がいいに決まってる(俺も基本的にはそちら側だが)と思ってる人が眉をひそめそうなステッカーが映るのだが、それと同時に広大な土地にポツンとある一軒家も描かれたりするので、通報してもいつ警察がきてくれるか分かんないような土地だと防犯上の現実問題としてハンドガン程度はいるかもなぁとか思うんですよね。多分アメリカの田舎では日本人が地震の備えをするレベルで銃持ってんじゃないかなという気すらする。
一言もトランプに言及しないままでサラッとそれを描き出して、そこに説得力を持たせる映像の数々を付けてしまうのだからフレデリック・ワイズマン、やはりとんでもない人ですよ。マジでこのジジイすげぇ。
んで後半部分が教会という同一の場で行われる結婚式とお葬式で、それを以て或るアメリカの揺りかごから墓場までを想起させるわけですよ。まったく隙のない映画だ。無理だと思うがこれ全アメリカ人が観るべき映画だろ。日本人も半分以上は観ろ。いやすげぇ映画でしたよ。大変面白かった。
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