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シャン・チー/テン・リングスの伝説のmayaのレビュー・感想・評価

4.7
トニレのウェンウーっていうマーベルヴィラン史をひっくり返すヴィランだけで五億点すぎる。マーベルはヴィランの人選はいい一方で、キルモンガーを除くと割と悪役の作り方が下手で、好きな俳優がキャスティングされても喜べなかったんだけど、本作よ...。トニレの演技、ハリウッドには今まで無かったものだから、トニレを知った世界がざわついてて嬉しい...

家父長制を描いた作品としても新しいアプローチだったと思う。確かに家族が壊れたのは父のせいだけど、本当に愛し合う家族故に簡単に「父殺しの物語」に帰結できない苦しみ、悲しみが作品全体を覆っている。(「父殺し」のくだりはサノスでさんざんやったもんね...。)シュー家、決して父が支配する抑圧された家族では無く、愛によって父権的でマッチョな価値観から一度は救われて幸せだった家族なんだよ。 シャンチーの「父が母を殺した、俺は父を殺す」という決意の台詞は、無理矢理動機を作ろうとしているようで空虚で、それよりもウェンウーの「母さんがそこで呼んでる」に対する「本当にそうだったらよかったのに!」が心の底からの本音で辛かった。誰かを失った悲しみが、誰かを倒せば解決するのなら良かったのにね...
「家父長制にボロボロに壊されてしまう父親」が描かれること自体珍しいし、この役はトニーレオンにしかできない。妻を助けに行く時ウェンウーが仏壇の前で手を合わせる姿と、それをじっと見るシャンチー、「ウェンウーは彼女が帰ってこないことを本当は分かっているし、シャンチーも恐らくシャーリンもそれを察している」というのが分かる素晴らしいカットだと思う。愛が確かにありながら壊れてしまっている家族を、セリフなしで描き切っている。家族にしか分からない絆が、痛々しい形でこちらに伝わってくるのが切ない。最期までウェンウーは大事なことは何一つ語らないのだけど、シャンチーが父の眼差しに常に慈愛があったことを悟る、というシーンの差し込み、ずるいよ。

マーベルは人が大量に死んで大量に生き返ったところで実はちょっと冷めてしまったんだけど、シャンチーは「失われたものは元には戻らない、死んだ人は決して帰ってこない」というのもひとつテーマだったと思う。故に、永遠の命を持ち、失われた家族を戻ると信じて壁を叩き続けるウェンウーは、円環からひとり外れてしまっていて神々しく悲しい。ただここまでキャラクターを奥深くしたのは、ひとえにトニーレオンのあの目ですよ...ほんと...よくぞトニーレオンを...ありがとう...
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