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SKIN/スキンのblacknessfallのレビュー・感想・評価

SKIN/スキン(2019年製作の映画)
3.9
極右人種差別主義団体、要はネオナチの幹部だった青年がネオナチ決別し更正する話。
実話がベースでモデルになった人達がほぼほぼ忠実に再現されてるとのこと。

これ、パンクスの友達と劇場で観る約束してたんだけどコロナの感染爆発と被ってしまい観れなかったんだよ。
Netflixに落ちてきたとその友人に教えてもらい鑑賞。

主人公のバブズはネオナチなんでスキンヘッドとMA-1にブラックジーンズという典型的なスキンヘッズ・ファッション、そして体から顔までレイシズムの意匠のタトゥーでびっしり。
バブズの佇まいとファッションを見ると、スキンズ・カルチャーは本当にレイシズムに侵食されてしまったのがよく分かる。スキンズにレイシズムは後付け入ってきたもので主流ではないが分かちがたく結び付き今やレイシストの代表的スタイルと見られるようになってしまった、、こう言うと、「スキンズは極右のカルチャーだろ!?」と反論されるぐらいにはスキンズ=極右は浸透してしまってる。でも、違うんだよ、マジで!
『ディス・イズ・イングランド』を観ればおれが言ってることが嘘じゃないって分かって貰えると思う笑
それはともかく、バブズは冒頭のヘイト・デモでカウンターに来た反ヘイト団体のメンバーを罵り挑発するシーンだけでも筋金入りの差別主義者に見える。本当にコイツが更正すんのかよ、と思わずにいられないヤバさ。

デモや示威行動だけならまだしも(それだけでも大問題だが)バブズの所属する団体は活動資金得るための窃盗、イスラム・フォビアからモスク放火等、数々の犯罪を行っている。
白人至上主義にもグラデーションがあってネオナチになると、ユダヤ人、異教徒、同性愛者等、ナチが弾圧した対象全てを敵視している。

そんな強硬(凶行)なネオナチのバブズが変わるきっかけになったので3人の娘を育てるシングル・マザーのジュリーとの出会い。
ネオナチは嫌いだがバブズが心の奥底に持つ善性に惹かれたジュリーはバブズにネオナチを止めるように説得する。
バブズもジュリーに惹かれるから彼女の思いを受け入れたい気持ちはある。しかし、バブズに取ってネオナチは思想ではなく彼の家庭。アル中の両親にネグレクトされて家なしで放浪してたバブズをネオナチ団体のリーダーと妻が彼を息子同然に育ててくれた。ネオナチを捨てるということは親と家を捨てることになる。

ジュリーへの愛とネオナチ団体夫妻への絆に揺れるバブズは前段の胸糞なレイシストっぷりを観ていても気の毒に思った。ハッキリ言ってこれはヤクザがよくやる、恩を売って従属させ都合よく使える駒にするのと同じ手口で弱い人間への搾取だから。
ジュリーもそれをバブズに言うけど、なかなか分かってもらえない。
で、バブズがジュリーの説得でネオナチ夫妻の愛がニセモノだと気づくシーンがくるんだけど、これがかなり秀逸だった。
親同然の彼等には大きな借りがあるから自分はネオナチの活動等でそれを返さなきゃいけない、と言うバブズにジュリーは「本当の親なら貸しを返せなんて言わない」「自分は娘が幸せを掴んでくれればいいとしか思わない。」
この真の親の愛を語るジュリーの言葉で初めてバブズはネオナチ夫妻に疑問を持つことになる。

ここから、バブズの育ての親とネオナチ思想との決別の壮絶な戦いが本格に始まる。
本当にそれは過酷で犯罪にまで手を染めてるから命も狙われる。自分だけでなくジュリーと娘達にまでネオナチ団体の魔の手が伸びる。
逃げるなんて不可能と思える絶望的な状況を助けるのが冒頭のデモに出てきた反ヘイト団体の黒人リーダーのダリルがバブズに救いの手を差し伸べる。

この反ヘイト団体のリーダーも実在していて、実際にヘイトに対するカウンターだけではなく転向したいレイシストの支援もしている。
そんな反ヘイト活動のプロフェッショナルのダリルの援助と恋人ジュリーの愛を受けてバブズは心身ともにネオナチと決別、罪悪感に苛まれ過去の過ちを悔い真人間になる。

レイシズムの恐ろしさ、おぞましさ、愚かさを告発した映画なんだけど、自分には毒親との決別の映画という感じが強かった。

エンドロールでバブズのモデルの人とダリルのモデルの人が出てくるけど、ジュリーのモデルは出てこなかった。一番見たかったんだけど。映画ではジュリーは小肥りでいかにもアメリカの貧困層のシングルマザー的なリアルを体現してた。日本で言えばドンキホーテにいるような。バブズ役は普通にイケメンだから(モデルになった人はフツメン)、ジュリーも美人でもいいのになんでこんな生活感ある人なんだろうと思って。
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