教授

この世界に残されての教授のレビュー・感想・評価

この世界に残されて(2019年製作の映画)
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「地味」だが「秀作」という感じの、いわゆる「拾い物」扱いされがちな映画。
つまり「映画」に何がしかこだわりを持って観ている人にとっては、もし心に引っかかるものが見つかれば、言いようもない「当たり」の映画でもある。

少なくとも僕にとってはそうで、劇場公開時はスルーした。
そして、そこまで大きな話題にはならなかったし、現時点でもそこまで話題にはなっていない。
日本で暮らしていてよほど能動的でない限り、ハンガリーの映画を観ることはない。
その中で、能動的に本作のような映画を観る、ということ自体が楽しい。

物語も、ホロコーストによる被害や、その後のソビエト社会主義体制による抑圧と、人は生まれる国の制度や文化を選べない受難が主人公のアルド(カーロイ・ハイデュク)にも、クララ(アビゲール・セーケ)にも降りかかる。
不幸も孤独も、心の傷も性愛によって紛らわす、そのこと自体が咎められる筋合いはないと思うが、本作はそこからも逃れる「理性」の物語をただただ淡々と映し出す。

歴史的背景や社会の様をできるだけ後傾化して描いている巧みさと、主人公たちの事情に対しても、ドラマティックな展開はほぼほぼ皆無でセリフによる説明らしきものもほとんどない。
しかし、きちんと背景は感じさせ、それらに人々が影響を受けながら生活している様を捉えた演出。
しかし、42歳の中年男性の孤独と、16歳の少女の孤独の質は違う、という理性に基づいた物語が斬新。

その分、より作劇は地味になり、抑制された物語になってしまうところを、男女が結びついてしまう危うさを見事なサスペンスに仕立てている点が鋭い。

知的で賢いクララに対して、旧時代的な価値観を持ち、そこに向き合えないことを承知した上でアルドに預ける叔母のオルギ(マリ・ナジ)のキャラクターの造形なども少し意外性を伴った人間描写が光っている。

声高な政治的な主張を驚くほど抑えて、ありがちな展開に至らない描き方で、且つ端正な画面作りで丁寧に作り込まれた映画で、短い上映時間でまとめられていて、非常に味わい深い作品。
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