真田ピロシキ

空に聞くの真田ピロシキのレビュー・感想・評価

空に聞く(2018年製作の映画)
4.0
面白いと言うのはちょっと違うが良いドキュメンタリー映画だと思います。震災後に陸前高田市で地元FM局のパーソナリティーを勤めた阿部裕美さんを追った本作。映画の序盤で阿部さんは仮設住宅の老人を取材するのだが、その時取材されている事を意識させずに自然な言葉を引き出そうとする阿部さんの姿と、それを撮っている小森はるか監督が重なって見えてきて本作がどういうドキュメンタリーを目指しているのかが明快。カメラは色々な場所に足を踏み入れるが、そのどこでも被写体がカメラが存在しないかのようにしている点で小森監督の確かな手腕が窺える。

それと震災のドキュメンタリー、しかも2013年に撮り始めているのでまだ生々しさが付き纏っているのだが、その題材に対して震災の悲劇性を殊更強調したりしておらず、ましてや自分が陸前高田の代弁者であるとするような気負いがなくて出来る限り観察者に徹しようとしている。小森監督は陸前高田に住みながら撮っているのがこの事により大きな意味を与えていて、字幕やナレーションを一切用いていない事が価値を押し上げている。もちろん監督の主観を感じさせるのはあって、元々は劇映画の監督を目指していただけあって陸前高田の風景や住人を捉えた何気ないカットが雄弁に情感を語っていたりする。特に記憶に残ったのは阿部さんがNHKの取材で「何で言ってる事は同じなのに黙祷の時は毎回生放送にしてるのですか?」と聞かれて「生にしない理由がない」と怒って答えたというエピソードを語る所で、そこでインサートされる映像が多くの凧が交差するもので、一つ一つは同じようなものでも軽んじられてはいけない陸前高田市民の想いを無神経なNHKへのアンサーとして提示されているようで、ここは小森監督もかなり自分を出したのではと思うし、被写体である阿部さんに対して思い入れを抱いている瞬間が湧き出ている。

印象的なのは町の嵩上げで話によく出てきて工事中の映像も幾度か撮られるように大きな意味を持っている。そこには流された町の過去とその痕跡が完全に消えようとしている現在とそこから創られる未来が同時に映し出される。やはり過去と現在の寂しさはかなり大きいのだけど、阿部さんが10年20年後に今作っている町を振り返れるようにと語っていてそこには震災を克服する故郷への希望が感じられた。阿部さんがパーソナリティーを途中で卒業して震災前にやっていた飲食店を再開したのも震災という非日常から日常へ復帰している象徴で、こういう映画が公開できるようになったのはかなり進んだのだと思う。だがまだ終わりだと思ってはいけないのだろう。10年でキリ良く終わってはくれない。