真田ピロシキ

すばらしき世界の真田ピロシキのレビュー・感想・評価

すばらしき世界(2021年製作の映画)
4.0
西川美和の映画なので前科者の更生美談を描くのではないのだろうと思っていたが最初の内はあまり面白いものではなかった。と言うのも主人公の三上が大声あげて恫喝するのが癖の個人的に嫌悪感しか抱けない人物で、万引き疑惑を経て友人になったスーパーの店長に対しても思い通りに行かない日々が続くと逆ギレして「偽善者が!」と喚き散らす始末。尤もこれは世の善良な人々にこういう人間に対しても不寛容にならずいられるかと試しているのかと思えて障害者である自分には色々思うところがあるし、生活保護の身を恥じるあまりに焦燥し周囲との軋轢を生む姿などの問題提起は感じられた。しかし焼肉屋で長澤まさみが前科者を排除したために再犯を生み出す社会の不寛容さを全て台詞で言うような野暮ったさには白けてて、この時点では期待外れと思ってた。

半分以上が過ぎて三上は地道に生きる事を決意して周囲の人々の後押しを受けて社会復帰の道を歩み始める。短気もすっかり起こさなくなっておりその様子は素直に良い話だ。これで終われば思った程じゃないが悪い気はしない映画になったのだけれどやはり西川美和、そうは問屋が卸さない。社会復帰として働く介護施設でイジメを目撃して、以前なら見ず知らずのオジサンに絡んでるチンピラを叩きのめしてた三上が今回は心の中でボコボコにしながらも見過ごし嘲りにも加担する事を選ぶ。世話になった人達の顔に泥は塗れない、堅気として生きていくには放っておくしかないと懊悩して。その末に映されるのは広い空。自暴自棄だった頃に福岡のヤクザの妻に諭された「堅気の世界は窮屈ですけど空は広くて良いです」という言葉がここで刺さる。ここで三上が排除され続けてきた事を思い出すと「その広い世界は本当に良いものなのか?そもそも多様な人を受け入れるような広さがないのではないか?」と問い詰められたように感じる。なかなか受け入れ難い人間として描かれてた三上のような人間が普通の人の世界で生きていくには自分の心を殺していくしかない。出来ないのなら…という暗示が込められている。そしてそれは別段ヤクザに限った話では勿論なく不寛容社会の生きづらさを浮かび上がらせていた。

三上には良い所も悪い所も多彩な顔があるようにその周囲の人々も紋切り型に収まらない。三上を取材対象とするTVディレクターの津乃田が先述したチンピラとの喧嘩で思わず逃げ出してしまい長澤まさみに「カメラ置いてくか止めに入るかどっちかにしろよ!オマエみたいなのが一番最低だわ」と責められるのにはとても等身大の一般人感覚を味合わされる。酷薄そうにしか見えなかった区役所の人が出来る範囲内では頑張ってたり、逆に聖人みたいな身元引受人夫婦が自分達の用がある時はそっけないように極端な善人も悪人もいなくて世界に作り物感がしない。だからこそあの結末も苦いがこれは本当に起きているかもしれない話として大いに納得が行く。

余談だが最近は梶芽衣子を見る機会が多い。今作では歌も披露してくれていてファンの方には嬉しい所かと思う。私はキル・ビルを連想した。