しゅんまつもと

すばらしき世界のしゅんまつもとのレビュー・感想・評価

すばらしき世界(2021年製作の映画)
4.2
出所前に返却された三上の腕時計は錆びつき、再び時間を刻むことを拒んだ。冒頭で提示されるそのシーンだけで三上を待つ社会の生き辛さを予感させる。

元犯罪者の再出発を描くとなると、とかく社会制度の破綻や周囲の人間の目がフォーカスされがちだし、実際そういう映像作品は見たことがあるけれどこの映画の主軸はそこではない。あくまで「三上正夫」という一人の人間の輪郭を掴もうとすること、それに徹している。放っておけば簡単に無いことにされてしまう一人の人間の存在を記録し、形作ること。それは自ずと社会の輪郭を浮かび上がらせることにも繋がる。

人間の輪郭を掴む、ということはその人物を善/悪でカテゴライズしたりルーツを明らかにすることではなくて、内面に潜む凶暴性やその逆の優しさに等しく目を向けることだ。
この映画はそれをカメラを置く位置や被写体深度で表現してみせる。

一方で映画の技術とは逆行するように津乃田はレンズから目を外すことで三上の輪郭を掴もうとする。三上の表情や目や言葉ではなく、その反対にある「背中」に触れた時、恐らく津乃田は初めてそれを叶えたのではないだろうか。
しかし、その手からもするりと「三上正夫」という人間の存在は零れ落ちてしまう。
それでも津乃田はきっと再び掬い上げるように文字を何度も連ねて三上の存在を浮かび上がらせるだろう。この映画がそうであるように。

もうひとつ。三上正夫という人間もまた、ある存在を無いことにしないようにラストにある物に手を伸ばす。
こういう行動こそ、ぼくらの生きる澱みきった世界をギリギリなんとか「すばらしき世界」と呼べる(かもしれない)理由になるだろう。