こども

ミッドナイトスワンのこどものレビュー・感想・評価

ミッドナイトスワン(2020年製作の映画)
4.8
揺れる薄い純白のフリルに透ける妖しげなネオン光。
一果という存在は、汚物に塗れた都会に揺蕩う穢れなき光、敢えていうならばネオン光と対を成す光だ。最低な生活を送る人々が夢を見た白鳥。
スノビズム、ホワイトカラー文化代表と言っても過言ではない「バレエ」というモティーフが、底辺を生きる人々の中で描かれる。この構図自体が劇的であり、真白と真黒を対比させたような強烈なコントラストの成す、人間の様々な感情。心の右端から左端まで舐め回して味わい尽くすような心情描写を実現している。
何よりも、一果を演じた服部樹咲の身体的説得力がとてつもなく大きく、彼女のバレエ技術が無くては、本作は終わりも始まりもできなかったであろう。それほどまでに彼女の身体的な表現力に本作は依存している。彼女は
新人女優だが、内田監督は新人の撮り方がものすごく上手いなと思った。喋らせ過ぎず、動かし過ぎない。恐らく、終盤のバレエダンスで全てをひっくり返せるだけの彼女の才能を信じていたのだろう。彼の試みは十分過ぎるほど成功していた。

又、個人的に一果と同じバレエ教室に通う「りん」のキャラクターが重要な役目を果たしていたように感じる。というのも、本作の大きな柱に「あこがれ」というものが有るのだとしたら、努力だけでは食っていけない、才能と運が大きくものを言うシビアなバレエの世界の中で生きる、「あこがれ」を端的に表したのが「りん」というキャラクターだからである。
求めるものに必ずしも才能が伴わないことは、表現の分野ではありふれた悲劇だ。弱肉強食の熾烈な世界。肌の擦り切れるように焦燥した世界。しかし、そこは、だからこそ美しいのである。
りんが一果にキスをするシーンがあるが、あれは恋愛感情に拠るものではなく、大きな才能に触れてみたいという「あこがれ」そのものがそうさせたのだと解釈している。

音楽の渋谷慶一郎の仕事も最高だった。彼抜きにはありえない映画だ。心の動きをそのまま音符に変換したような、音楽に純度を感じる。

概ね素晴らしい出来栄えの映画であったが、トランスジェンダーの描き方が若干ステレオタイプに寄りすぎていたことが少し気になった。しかし「トランスジェンダーが母になる」ことに重きを置いている感じがあまりせず、ただ単に「生きづらさを感じる人間」を描きたかったのではないかと推測する。(その選択としてトランスジェンダーを持ち出すということ自体が保守的だという批判はもちろんあるが)
だから、個人的に本作を「LGBTQを語る映画」という括りにはしたくないなと感じた。

きっと一果は、これから良き表現者になるのだろう。愛する人の為に、海に浮かぶ白鳥になれるのだから。
こども

こども