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老後の資金がありません!のnetfilmsのレビュー・感想・評価

老後の資金がありません!(2020年製作の映画)
3.7
 真面目にシリアスに作れば『ノマドランド』になりそうな作品だが、どういうわけか日本で撮れば「THE邦画」クオリティに落ち着いてしまう。一見冷笑とも取られ兼ねない表現だが、これが今作に対しては誉め言葉にもなり得るという稀有な作品だった。天海祐希のコメディエンヌぶりばかりに注目が集まるが、彼女そのものは自分発ではなくただひたすら巻き込まれ型であり、むしろ周りの人物に振り回され、夫婦ともども余計な出費が増えて行く悪循環が見所だ。普通は子育てがひと段落する50代くらいから少しずつ自分の時間が増えて行くものだが、時間があっても先立つお金がなければただただ時間を持て余しかねない。松重豊の妻の天海祐希を立てるかのような一歩下がった演技も心地良いし、監督は自分の型に役者を当て嵌めていくのではなく、長回しでショットをあまり割らない上品なカメラワークは、役者たちの情緒に熱心に寄り添う。金銭感覚の欠落した姑の描写なども原作よりは随分やんわり描かれているが、その代わり天海祐希と草笛光子の演者としての魅力を引っ張り上げるような前田哲の器用な手腕が光る。

 常に頭の中にお金がありながら、彼らは夫婦ともに一向に深刻ぶらない。それは老舗和菓子屋の長男に生まれながら家業を継がず、平凡なサラリーマン生活をこなす旦那の人徳であり、妻はそんな彼と二人三脚するうちにいつの間にか波風を立てることがなくなった。2人が手塩にかけて育てた1姫2太郎も私にはさして悪い子供には思えず、失礼ながら容姿よりも中身で選んだ娘の慧眼は母親譲りだが、やはりお金には苦労しそうだ。『ノマドランド』の主人公はたった一人の身寄りだった夫を失い、途方に暮れながらもキャンピングカーで旅することを選んだが、気苦労の絶えない妻には切っても切れない幾つもの縁が存在し、気が休まる時がない。それは時に面倒くさい間柄や厄介な関係も生んでしまうのだが、天海祐希のあっけらかんとした包容力は人と人とを結びながら、自然と笑顔にしてしまう。国のセーフティ・ネットに頼らず、夫婦が見つけた答えには反・新自由主義的なイデオロギーも見え隠れするものの、前田哲の鮮やかな手捌きはそういう政治的な思想をも軽やかに笑い飛ばす。今どきの邦画でここまで大人が輝く映画も珍しいし、天海祐希ほどクローズ・アップが嫌味にならない役者もなかなかいない。いかにも松竹映画という印象だが実は東映映画というところも含め、なかなか異色の娯楽作に仕上がっている。
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