しの

マーベルズのしののレビュー・感想・評価

マーベルズ(2023年製作の映画)
3.6
「マルチバースサーガがうまくいってたらこうなってたかも……」の片鱗が見えるのがなんだか切なくなる、そんな面白さ。もしMCU全体がちゃんと「軽いMCU」に移行できていて、ちゃんとドラマ作品がキャラクターの深掘りコンテンツとして機能していて、この作品自体ももっと早い段階でやっていたら、より楽しめたのだろう。

「入れ替わりギミックとアッセンブル系作品のわちゃわちゃを主軸にする、以上!」という強い意志を感じたので、序盤から周波数を合わせられて概ね楽しめた。結局、誰がどう成長した話なのかがよく分からないことになっているが、それよりミュージカル星のアホさを優先して描いてるような作品なので、割り切っている。

そしてドラマ鑑賞が必須か否か問題についていえば、自分はドラマ含め関連作をすべて観ているのだが、観ていなくても別にいいと思った。そりゃカマラの一家がいきなり出てくるとか面食らうかもしれないが、あの薄いドラマを観たところでそんなに情報量ないし。モニカに関してはドラマを観ようが観まいが「魔女の結界通った」以上でも以下でもない。というか、むしろ観ていない方がいいとすら思った。自分は『ミズ・マーベル』でカマラが全く好きになれなかったし、『シークレット・インベージョン』のフューリーは今回と差分が大きすぎる。その辺を気にせず「なんかカオスなことが起こってる」という体感を入れ替わりギミックと共に楽しんだ方が良いだろう。

そう考えると、やはり本来MCUドラマというのは「観なくても致命的な支障はないけど観たらキャラクターをもっと深掘れる」という位置付けだったのだろうなと思う。しかし実際にドラマでやっていることは「深掘り」ではなく「引き伸ばし」なので、観たところで美味しくないという。

しかし軽いポップコーンムービーにするのはいいとしても、ドラマの進め方はもう少しなんとかしてほしかったなと思う。「結局キャロルがやる気出せば何とかなってました」はズッコけるし、それなら尚更、彼女がどうして問題から目を背けてなぜまた向き合えたのかをしっかり描くべきだと思う。そしてここにスイッチングが全く絡んでこないのが不自然だ。ヒーローとしての理想と現実に悩み孤立しているキャロルに対し、モニカの「完璧じゃないキャロル叔母さんでいい」という視点と、カマラの「それでもキャプテンマーベルは私の推し」という視点が加わる、という流れが美しいはずなのに、不思議なほどそういう見せ方をしない。

そうなると、たとえばラストでキャロルとカマラがやり取りするシーンなどは、この作品を通じて彼女たちがどういう関係性になったのか全く曖昧なままになっている気持ち悪さがある。「いつかまた会えたら……」って、これもどういう気持ちで言ってるのか。

これによってカマラのドラマも曖昧なことになっている。途中、「全員は救えない」事態に直面するシーンがあって、それは「実際のキャプテン・マーベルはこういう人だった」という(キャロル自身と同じく)理想と現実の乖離の話に繋がると思うのだが、ここが何も触れられないままなので、彼女の挫折や再起が何もない。自分は『ミズ・マーベル』を観たとき、「なぜこの子は大した挫折も経験せずにヒーローになってるんだ?」と不満だったのだが、『マーベルズ』でもその通過儀礼が果たされないままになってしまった。

上記のような3人のドラマがきちんと進展した結果として、満を持してクライマックスでの完璧スイッチングバトル! となったら最高だったのにな……と思ってしまう。

とはいえ、自分はラストのアレが本作のスタンスを象徴していると思った。かつてのMCUがやってきたことを軽くして、ある意味ちょっと茶化して、その楽しかったところだけ持っていこうとする感じ。いわば「楽しかったMCU」の表層。でも本来やりたかったことはこっちなのよ! ということなのかもしれない。

そして改めて思ったことがある。まずクロスオーバーの楽しみを導入したインフィニティサーガに対し、マルチバースサーガというのはより何でもありなアメコミ的世界観に寄せていく役割を担うはずで、しかしフランチャイズ肥大化によるコントロール喪失によりその「移行」が悉く上手くいってない、というのが今のMCUのコアな問題なのだということだ。移行とはつまり「MCUを軽くする」ということだと思うし、アメコミとは本来そういうものだろうからそれ自体はいいのだが、それを「いきなり意図不明なフェーズ4をぶつける」「いきなり貢献してきたキャラをサゲる」「いきなりキャラの連続性を蔑ろにする」みたいな手口でやるから振り落とされる。

そして本作『マーベルズ』の問題点もここに通じていると思う。要は「急に軽いな!」という戸惑い。自分はMCUを真面目に観る気がなくなっていたのでわりと楽しめたが、真面目に観ている人ほど「キャロルってこうだっけ?」「フューリーってこうだっけ?」「事態に対してノリが軽すぎない?」などが気になるかもしれない。

しかし、フェーズ4以降「軽くなったMCU」を初めて楽しめたかも、という所感があったのは確かだ。自分はわりと愛想が尽きていたのだが、やっぱりどうにかこの「軽いMCU」を安定して楽しめるようにブランドを復活させてほしいなと再度思わせてくれる作品ではあったと思う。

※感想ラジオ
【ネタバレ感想】軽い!楽しい!適当?『マーベルズ』に見るMCUのゆくえ
https://youtu.be/hAAeMoFDnuI?si=4hOBcTX9gKg9g0jF
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