春とヒコーキ土岡哲朗

ファーザーの春とヒコーキ土岡哲朗のネタバレレビュー・内容・結末

ファーザー(2020年製作の映画)
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このレビューはネタバレを含みます

いつか来るかもしれない恐怖の映像体験。


認知症の人に見えている世界を描いた斬新な映像。

おじいさん目線で、娘の顔が別人に見えたり、時系列がごちゃごちゃだったりするのを、なだらかにひと繋ぎで見せられる。どこからねじれてしまったのか分からない、気づけないのがリアリティがあった。こんな怪奇な世界が、認知症の人には現実なんだなと思わせる説得力のある映像。まだ認知症になったことのないクリエイターが想像力でこれを描いていると思うとまたすごい。
介護士を迎えることに落ち着いたと思ったら、来た人が全然違う顔だったところは、一旦リラックスしかけたから本当に不安にさせられた。

認識まちがいに本人は気づかず垂れ流しで進んでいくことを、最初の腕時計を盗まれたの一件でさらりと分からせるのも上手い。本人はしれっと、自分の都合よく主張をずらしてしまう。頑固だから譲らないのではなく、客観性を失っているから自分を疑うことが選択肢からなくなっている。

娘の離婚やパリ行きに関しては、不思議で分からない点がある。正しい時系列では、娘には10年連れ添った夫がいる→離婚して5年経過→新しい恋人ができパリに引っ越すと告げられる、の順。父はそれがこんがらがってしまうが、映像を素直に見ているとまるで父が未来のことを知っている風にしか見えない場面が何回もあった。まだパリに行く予定がない娘に「パリに行くんだろ」と言い出す。娘は「何のこと?」と返す。これは、実際に起きている事実としてはどういうことなんだろう。


何も感動などない。
感動作と謳ったポスターで宣伝されているが、なんという釣りか。最後まで一つも感動はなく、不安と寂しさで終わった。娘は、父をうとましく思う夫と離婚し、再婚と同時に父を施設に入れた。結局、実の娘でも父と付き合い続けることができなかった。自分が厄介払いされたことも理解できていない父は、施設で今までの記憶の時系列を整頓できずに生きている。もう現在を更新することができず、過去を反芻し続ける老人の寂しさ。子供の認識不足は許容・理解されるが、一回大人を経験している人間のそれは受け止めてもらうのが難しい。
老いなんて人類が生まれたときからあるものなのに、未だに認知症へのサポートの正解がこんなにも分かっていないと思うと気が遠くなる。