ryosuke

エルのryosukeのレビュー・感想・評価

エル(1952年製作の映画)
3.8
 神父が少年たちの足を洗い、祝福のキスをする直前に一気にズームインするカメラ。こんな局面にフェティシズムを持ち込むブニュエルは流石の罰当たり加減だなと思っていると、続いて横移動するカメラは参列者の足元だけを映しながら滑っていき、一人の足を通り越してから戻ってくる。運命の出会いを演出する顔の切り返しの前に足からのティルトアップを挟むのがやはりブニュエルだな。自宅に招いたヒロインと二人きりになり、決定的な瞬間が訪れる庭に移動する前に、カメラが先立って窓の向こう側に移り、音にならない二人の囁き合いを見せるのなんて上品な演出だ。
 ヒロインと弁護士が、主人公自らが裏切りの空間に仕立て上げた庭に移動することが激怒の引き金になり、テーブルの下を覗き込んだ主人公がヒールを履いた足の動きを見て一気に昂ぶるのも出会いのシーンを想起させる。全体が有機的に繋がっている手堅さがある。
 回想シーンであるためにヒロインが死ぬはずはないとはいえ、唐突な空砲と素早く倒れるヒロイン、あっさりと回想する時点に戻る編集には凄みを感じる。『アルチバルド・デラクルスの犯罪的人生』にもこの手のあっさりした死の瞬間が見られた。
 新婚旅行中の主人公が述べた、高所に対する愛着を示す台詞の意味が明らかになってくる塔の上のシーン。自己の道徳的高潔さを確信する主人公の視点が高所からの視点と同期し、空間的に彼の狂気が増幅される。ヒロインの「罪」を裁こうとする主人公。土地をめぐる裁判の結果への異常な執着も、自らを裁く者の地位に置く彼の心性の表れだったのだと理解され、細部が接続されていく。
 階段の木材を取り外してその子柱を叩く音が加速していき、切り替わったショット、だだっ広く、影が張り巡らされた無人空間のロングショットの中にその音が響く描写は、狂気の描き方として素晴らしい独創性があった。回想シーンが終了することでロープに現実的な恐怖が付与され、現在時制に移行した後に拳銃に実弾が装填される......。ダッチアングルと白い壁に伸びる増幅した影が印象的なラウル家も、狂っていく彼を配置するための良い表現主義的な舞台だった。罰当たりのブニュエルは、主人公の濃厚な殺意が詰まった拳銃を教会に持ち込ませる。真顔でカメラを見つめる参列者と彼らが嘲笑する姿のジャンプカットによる切り替えにゾッとする。
 ラストシーン、口では信仰の道を行くことを約束する主人公。しかし、彼が画面奥のあまりに暗いトンネルに向かっていくその動き、奇妙な蛇行は、彼が妻への執着に犯されて自宅の階段上で蠢く姿と一致している......。
ryosuke

ryosuke