TAK44マグナム

コマンドーシャーク 地獄の殺人サメ部隊のTAK44マグナムのレビュー・感想・評価

1.3
僕の名前は深比礼鮫夫。
歳は40歳、残念ながら独身。
職業は当たればデカい、華の漫画家だ。
しかも日本人なら誰でも知っている最強の漫画雑誌「少年チンプ」の専属漫画家でもある。
これって漫画家仲間の中では、かなりのステータスなんだ。
だけれどトップグループには程遠い。
もう崖っぷちといって間違いない。
チンプは漫画家に厳しいことでも知られた雑誌だから、連載漫画が3つ打ち切りになったら同時にクビも切られる。
だから皆んな必死に面白い漫画を描いている。
蜂田先生の「ワンビーズ」や、熊峠先生の「熊滅の矢井田瞳」みたいな国民的漫画でも毎週毎週、必死にアイデアを生み出しているのを知ってる。
たまに真っ白に燃え尽きて休載、そのままフェイドアウトしてしまう先生もいたり、とにかく厳しい世界なのだ。
で、僕はというと既に2度、打ち切られているから次がまさしく正念場ってやつだった。
初連載でイキりたったのも懐かしい「ゴーストシャーク」は10話、次の「ゾンビシャーク」は自信作だったのに情けなくも空回りしてしまって、たった4話で早々に打ち切られてしまった。
もう後がない!
とりあえずテストとして、連載を前提とした読み切りを描いてくれと担当に言われた。
それがもし掲載にならなかったら僕はチンプを去らなければならない。
それだけはどうしても避けたかった。
幼い頃から憧れてきたチンプで描けなくて、どうして漫画家を続ける意味があるのか・・・
三日三晩、徹夜で考えたアイデアをブチ込んだ渾身の原稿を携えて、僕はチンプ編集部のドアをあけた。
すると、最初の持込からの担当である鰐崎さんが既にスタンバッてくれていた。
体重が100キロはある鰐崎さんに耐えかねた椅子が、ギシギシと壊れそうな音をたてている。

「お〜、深比礼先生!お待ちしてましたよ〜」
僕は原稿の入った封筒をテーブルに置いた。
「早速、読ませていただきますよ〜」
封筒から取り出した46枚の原稿を、いつもの様にパッパッと読んでゆく。
本当にちゃんと読んでいるか疑わしいぐらいのスピードだ。
一通り読み終えた鰐崎さんはふぅっと息を漏らすと、
「えっと、タイトルは何でしたか・・・ああ、書いてありますね。コマンドーシャーク?先生、マジでサメがお好きですね〜」
などと、まるで奇異なものを見るような目つきで僕をジロジロと見た。
僕はそんな怪訝そうな鰐崎さんに慣れているので、
「今回はサブタイトルも付けたいんですが」
などと、まだ読み切りで載るかも定かではないにもかかわらず、あつかましくも言ってみた。
「お、どんな?」
「地獄の殺人サメ部隊、です」
「コマンドーとシャークだけでもお腹いっぱいなのに、地獄に殺人にサメ!こりゃまたエゲツないパワーワードを並べましたね〜。どれも童貞中学生が食いつきそうじゃないですか〜」
大袈裟に目を丸くする鰐崎さん。
でも悪くない反応だ。
そう思った瞬間、耳を疑うような言葉を鰐崎さんから聞くことになろうとは思ってもみなかった。
「うう〜ん、でもこれはキツいね!
ハッキリ言って載せられないと思う」
あまりの言葉に気が動転した僕は口をパクパクさせながら、「え・・・」と絶句してしまった。
明らかに今までの連載作品と比べて良く出来ていると自画自賛していたのに。
画についても出来る限り時間をかけて丹念に描いたけれど、すべての努力が担当に読まれた時点でパァとは・・・
「あ、あのう・・・どこがどうダメなんでしょうか」
僕は蚊の鳴くような声で尋ねた。
「まず今時、世界は核の炎につつまれたっていう世紀末設定が古いし、それなのにネットがSNSもGPSも平気で使えて、楽しそうにバーベキューやってるって流石にふざけすぎでしょ〜?」
「いや、斬新で良いかな・・・って」
「先生、いくら少年誌っていっても説得力は必要ですよ〜!それに銃撃戦はヘロヘロだし、ソビエト軍なのにドイツの科学者とか巨大サメとかもダサいですね」
「やっぱり悪の科学者っていったらドイツかな、と」
「まぁ〜そこら辺を百歩譲っても、肝心のサメ人間のビジュアルが怖くもなんともないし、セリフがみんなオヤジギャグなのがゲロいですよ」
「ゲ、ゲロい・・・」
「コマンドーなら男が滴る武装シーンとか洒落たセリフが不可欠でしょ?そういうの全然ないじゃないですか〜。これじゃゾンビシャークの方がまだマシでしたよ〜」
鰐崎さんは捲し立てるように続けた。
「それに、スモールライトはヤバいですよ〜!小学館に喧嘩売りたいんですか?
そんなパクった小道具に頼らないで、もっとこう〜第三次世界大戦みたいに豪快な締めが欲しいですね〜」
「う〜ん、そんなものですかね・・」
鰐崎さんはたまに意味の分からないことを言うが、マジで第三次世界大戦の引用は意味が分からなかった。
「でも・・・実はですね、先生。一番の問題はサメなんですよ〜」
「え、どういうことです?」
「これをもし載せるとなると、同じ号から始まる新連載とサメ被りしてしまうんです〜。黒鮫先生の新連載もサメネタでしてね」
「そ、そんな!」
「しかも、断然あちらの方が面白いんですよ〜。編集部内でも期待値高くて、IKEAと組んでヌイグルミとかグッズも出そうかなんて話まで早くもでているぐらいなんですよ〜。タイトルもイカしてましてね、「フランケンジョーズ」っていうんですけど、ナチスドイツが凄い巨大サメ兵器を作るって内容で〜」
「いや、さっきドイツとか巨大サメとかダサいって言っていたじゃないですか!」
「あれ、そうでしたっけ〜?まぁ、どちらにしろ連載が決まってしまってますからコマンドーシャークは載せられません。載せるならフランケンジョーズの連載が終わってからじゃないと〜」
僕は激しく動揺し、落胆した。
「先生、ここはひとつ、ネタを変えたらどうです〜?これからはワニがくると思うんです。「明日死ぬワニ」とか「もう死んでいたワニ」とかイケると思うんですけれどね〜」
そんな鰐崎さんの言葉など、もう僕の耳には入ってこなかった。
どんよりと重い空気に押しつぶされそうで、すぐにでも外へ出たかった。


チンプ編集部からの帰路、僕は電車に揺られながらボンヤリと考えていた。
悔しかったからだ。
サメネタは僕の専売特許なのに、黒鮫の野郎・・・
何がフランケンだ。何がジョーズだ。
しかし、こんなことで負けてはいられない。
漫画は格闘技なのだ。
要は、読者を組み伏す面白い漫画を描けば勝ちなのだ。
考えて、考えて、考えた。
狭いアパートに帰って、3個で58円の納豆をかき混ぜながらも考え続けた。
そして、翌朝はいったトイレで踏ん張りながら、ついに素晴らしいアイデアが閃いたのだった!
これぞまさしく天啓!
天か。ならば、タイトルはその真逆でいこうじゃないか。
僕はアイデアノートを開き、まだ白くまっさらなページに大きくタイトルを書いた。

「デビルシャーク」、と。



アマゾンプライムビデオにて