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あのこは貴族の821のレビュー・感想・評価

あのこは貴族(2021年製作の映画)
4.5
滑り込みでようやく見ることができました。いい評判をずっと耳にしていたので気になっていたのですが、とても良い作品だったと思います。

松濤に立派な居を構える開業医の末娘である華子と、必死に勉強して富山から出てきた美紀。そしてその二人の共通項となる幸一郎。
同じ東京という地にいるのに、同じ大学の学生なのに。社会には見えないヒエラルキーがあって、それぞれの層で生きている。層を越えての交流が生まれることはほとんどない。各々が生まれた階層の中で、それぞれに世間から割り振られた「役割」を全うしながら生きている。
その凝り固まった「役割」から解放されようと一歩を踏み出す女性たちの話。
ハイソサエティの男女と、その「愛人」という関係性になると、エンタメの中ではドロドロとした三角関係として消費されがちになる。本作は、そんなエンタメの中でよく描かれる「女性たち」の虚像に対して静かに、それでいて力強く反意を示しているのがとても好きでした。誰もが「何者にでもなれる」可能性を秘めているという、ストーリーからくるエンパワメント。(それでいて、「役割」に従って生きる選択をした人たちを非難したりしない。一つの価値観を押し付けてこない。) そして、世間が求める「女性像」に抵抗する、作品としての姿勢。共感性も高く、作品としてフレッシュな風を吹かせていると思いました。
昨今では『本気のしるし』など、見ている側の凝り固まった価値観やいつの間にか抱いている偏見に対してメスを刺すような作品が多い印象なのですが本作もそういった類だという印象を受けています。

作品の姿勢とストーリーが秀でていたのは勿論、演出や、登場人物たちの人生の語り方もとても秀逸でした。
特に「階層」の見せ方がとても上手かった印象で、大学での「内部生」と「外部生」の映し方とか、高級ホテルでのハイティーとか。特に印象に残っているのが華子が初めて幸一郎のご家族と会うシーンです。お座敷には、家の主人であるお爺さんの許可が出るまで上がらないし、座敷への上がり方も厳格な作法に則ったもの。そしてそれを着物ではなく、洋装のスカートでもしっかりとする。一つのひとつの所作に、幼い頃から躾けられてきたであろう「貴族」階級が見えていました。

それと、東京の描き方もとても的を得ていたと思いました。私自身、就職と共に上京してきた人間ですが、暮らしの中で「生粋の東京人」に会うことが少なかったです。地方から出てきている人が多い。終盤に美紀が「東京はみんなの憧れでできている」のような言葉を呟いていましたが、それがスッと心に残りました。ほんと、良くも悪くも「憧れ」でできてますよね…。日々感じていたことが良い形で言語化されていました。

いつもタクシーの中から東京の街を、まるで展示物のように眺めていた華子と、そんな街の中を颯爽と自転車で駆け抜けた美紀。そんな華子が美紀の姿を見て、やがて、自分の足で街の中を歩んでゆく。二人の境遇と関係性が表れていて、とても好きな演出でした。本当に見て良かった。また見たい作品になりました。

ところで…以前松濤らへんを歩いて通った時に、高くそびえる塀に囲まれた大豪邸の数々を眺めながら「どんな人たちが暮らしているんだろう」と思いを馳せたことがあるのですが、その世界を垣間見た気がしました。(そして、この私の疑問こそが東京のヒエラルキーと階層間の分断を如実に表していますね。笑)
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