めんたいこ

スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバースのめんたいこのレビュー・感想・評価

4.0
よくばりすぎかな。

前作スパイダーバースを復習した翌日に劇場で鑑賞。ビジュアルの洪水は流石の一言で、ぜひ大きな画面で大きな音で見て欲しい。
あれだけ高速にカメラが動いても視線が迷わないのは本当に素晴らしい技術で、シェーダ芸だけでなく手描きも加えつつ(多分)アートの指向性を強く持ち続ける画作りは唯一無二と言えるだろう。

ただなー。前作は全俺が満場一致の満点評価だったのだけれど、今作はちょっと…というところがチラホラと。ここからは気になったところをつらつらと述べていく。

ひとつ。ストーリーがどうにもノレない。前作はマイルス・モラレスが己の弱さと対峙し、それを乗り越えていくという「個に根ざした物語」で、視聴者の誰しもにある心の中のマイルスが共感を呼ぶ内容となっていたと思う。
しかし、今回のマイルスが向かい合うのは「クソみたいな全体主義」で、前作で愛されたキャラクターたちがそれに甘んじているという設定自体が受け入れがたい。君たちほんとにそれでええのん。その違和感が強すぎて、後半はどうにもケツの座りが悪い。そしてその違和感はなんと本作では払拭されないのだ。(ここはまあネタバレというほどではないと思うので書くが、アクロス・ザ・スパイダーバースは「つづく」で終わる)
そういった意味で非常に残尿感のある映画体験といえよう。2時間20分もの間トイレを我慢してこの仕打ちだ。つらい。

ひとつ。ちゅ、多様性しすぎ。ポリコレへの過剰な配慮が非常にノイジーでわりと分かりやすく失敗している。様々な意図はあろうが、特に母親のバックグラウンドを示す外国語での語りかけとか、本当に必要?アレ。そこは割愛してしまっても十分物語は成立したのでは。

ひとつ。情報が多すぎる。上述の多様性への配慮も加えて、家族の問題、全体主義の問題、自己実現の話、そしてヴィランであるスポットの問題提起。いやいやうるさすぎるでしょ。ただでさえビジュアル表現が飽和しがちな本シリーズ、物語の骨子はできるだけシンプルにすべきだと思う。

ひとつ。吹き替え(翻訳)の問題。僕は本作を日本語吹き替え版で見に行ったのだが、グウェンが友人であるピーターのことを「彼」と三人称で呼ぶことに違和感をもった。英語(原語)では"he/his/him"なんだと思うのだが、日本語文化圏では「ピーター」と呼ぶべきだと思う。普段の生活で仲の良い友達を「彼・彼女」で呼ぶのは没入感を削ぐ。こういう細かいところちゃんとしてほしいな個人的にはと思う。

そして最後に加えておくならば、一見さんお断りのスピーディな展開は賛否といったところか。続編なので前作を見ている前提であるのはよいのだが、だいぶ振り切っているなという印象。ただ、前作(歴代のスパイダーマンを含む)のオマージュとなる演出はニヤリとしてしまうのも確かだ。僕個人としてはマイルズパパが階段を降りるシーンが良かった。

消化不良な点も否めない本作だが、ビジュアルアートの最前線という意味ではぜひ劇場で。オススメです!