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エノーラ・ホームズの事件簿のLCのレビュー・感想・評価

4.1
面白かった。

邦題では「事件簿」という言葉を使っているものの、印象に残るのは謎解きよりも改正法案をめぐる社会の景色、また、その中で生き抜く人々の姿だった。

母と娘の2人で暮らしていた主人公だが、ある日姿を消した母を探す為に、家の外の世界へ足を踏み出す。
彼女の前に立ちはだかる様々な問題を解決する時、母娘の過ごした日常を垣間見せてくれるが、その日々はどれも「その時代の中で一般的に求められていることより、自分が決めた道を歩む為に必要なもの」を授けられている景色に満ちていた。その景色を見れば、どんな言葉や状況に出会おうと、疑いようのないものがある。耳触りの良いことを言う人もいるのだけれど、その人は母と娘の積み上げた日々に対する知見がないので、「見捨てない」という言葉が恐ろしく響かない。

その人のその言葉が恐ろしく響かないのって、主人公の感じ方を想像するまでもなく、「今の状況(男性に気に入られるようにわきまえて生きることが求められる社会)からは逃げられない」という考えの表れだったりするからなんだよね。そして、この考えは今でもそこかしこに根強く残っていたりするし、気付かぬ間に毒される人も未だ多い。
明確に口論した後で、「仲良く会話してました」と取り繕う場面は、まさに「男性に面倒臭いと思われることは不利益である」という思考によって主人公を黙らせて、自分の保身を確保するものだ。立場ある男性に気に入られている限り、私は安全で、施しも受けられる。
ただ、彼女は学校で、どのようにすれば男性に気に入られるように振る舞えるかを教えていたりしたわけで、主人公の母親とは別のベクトルで「これこそ若人に必要だ」と考えていたのは本当なんだろう。
息子を持つことも、色々な場面で施しを受けられるんだろうな。
まあ… ある日家を出て一切顔を出すこともない、そんな息子かもしれないけれども。

母親を探す中で、他にもたくましく生きる女性に出会ったりするのだけれど、彼女たちはひとりで闘っていたわけではなくて、お互いに連帯していたんだよね。
ひとりの声は小さくて、ひとりの腕力は高が知れている。簡単に無視されないように、こちらを見た何者かに簡単に踏み潰されないように、その為に連帯って必要で、そのことを改めて感じさせる部分だった。
主人公が単独で動いていた時も、どんなに抗い窮地を脱しようが、結局は怒鳴り声に押さえ付けられてしまったしね。
そして未来に向かって、ひとりではなくふたりで、自身の内に生きる母も含めて、彼女を信じる人の力を総動員して立ち向かう。

貴族という立場、所有する土地、国の未来、立場ある男性の施しを受けられる立場、色々な人が各々の守りたいものを、各々のやり方で守ろうとしていた。
主人公は、自分が望まないのにそれらのものを一緒になって守ろうとすることで「おこぼれに預かる」ことを選択しなかった。
個人が望む生き方を追いかける姿は、誰かの歩みに前向きな影響を与えたりして、遂には社会に影響を与える波のひとつとなり得る。そんな景色を覗くことができる作品だったように思う。
まずは、ひとりの幸福から。私は私のそれを追いかけて良い。そうすることで、他者へ手を差し伸べる余裕が生まれたり、直接関わらなくても誰かの背中をそっと押せる、そんなあたたかい影響を残せる。受け取ってくれる人は必ずいる筈だから、寂しく思うことはないんだ。
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