YasujiOshiba

ミス・マルクスのYasujiOshibaのレビュー・感想・評価

ミス・マルクス(2020年製作の映画)
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密林レンタル。音楽がよい。ふたつのバンドが関わっている。ひとつは『Nico, 1988』などニッキャレッリの作品の代名詞なっているガット・チリエージャ・コントロ・イル・グランデ・フレッド。もうひとつは、今回彼女が初めて起用する合衆国のパックバンド、ダウンタウン・ボーイズだ。

ガット・チリエージャのほうは、アイロニカルながらロマンティックなメロディーラインを奏でてくれる。ぱっと聞いただけでそれとわかる音色。一方、ダウンタウン・ボーイズの荒削りだけど力強い響き。なんといっても『インターナショナル』のパンク版がすばらしい。こいつは最高だ。
https://www.youtube.com/watch?v=VtiRmoQEi6A

これを聞くと、僕なんかは自然に日本語の歌詞が頭の中で響きわたる。

起て飢えたる者よ/今ぞ日は近し/醒めよ我が同胞/暁は来ぬ/暴虐の鎖 断つ日/旗は血に燃えて/海をへだてつ我等/かいな結びゆく/いざ闘わん、いざ/奮い立て、いざ/あぁインターナショナル、我等がもの...

どうして覚えているのかわからない。たぶんぼくの親父がメーデーに出た帰りに酔っ払って歌っていたのだろう。父が労働運動をしていたわけじゃない。ただのサラリーマンだが、当時はみんな組合に入っていて、5月のあの日には、この曲や『がんばろう』なんて労働歌を歌うのがふつうだった。こっちは1960年6月に、三井三池争議の中で作曲されたものだという。これもリンク貼っておきますね。
https://www.youtube.com/watch?v=enb15Bzyt3o

なんだか時代がめぐりめぐっている。『インターナショナル』のほうは、1871年のパリコミューンの直後に生まれた曲で、やがてコミューン鎮圧され、賛辞を送ったカール・マルクスは1883年に亡くなる。ニッキャレッリの映画はそこから始まる。過ぎ去った時代が、過ぎ去ってしまいきらず、今に帰ってくる様を捉えようとする。それは、彼女が今の時代に竿刺して映画を撮っている所以なのだ。

だからこそ、そして例によって、主人公は女性。マルクスの娘エリノア(ロモーラ・ガライ)。早くから父の仕事を助け、ジャーナリストとしてパリコミューンにも参加。翻訳家としても活躍。映画にもイプセンの『人形の家』のシーンが印象的だ。しかし、この主人公、ノラのように覚醒しているのは意識だけ。その心は、才能はあるが浪費家かつ浮気癖のあるエイヴィングに惹つけられると、まるでアヘンのように溺れてしまう。

そのエイヴィングの依代となるパトリック・ケネデイがよい。エリノアを惹きつける魅力を持ちながら、浪費癖が治らず、浮気が絶えない。ダメなやつだとはっきりわかるような男。このイギリスの役者さん、イプセンの芝居中の芝居も含めて、お見事です。

そんなエイヴィングとエリノアの関係は、頭ではわかっている、しかし心が理性の言うことを聞かない、というやつ。そのあたりをニッキャレッリはこんなふうに語っている。

「エリノアはフェミニストでした。にもかかわらず、彼女の男に酷い扱いをされるにまかせていたのです。それは、矛盾に見えはするものの、その矛盾のおかげで、とても複雑で興味深い物語に光があてることができるのです。それは、情動がいかにして理性と闘争状態になるか、感情がいかにして理念のなかに入り込んでくるか、そしてその逆のことがどのように起こるか、そんな物語なのです」。
(https://www.exibart.com/cinema/miss-marx-una-metafora-visiva-del-nostro-tempo-intervista-a-susanna-nicchiarelli/)

 なるほどニッキャレッリがエリノア・マルクスに見出したのは、前作でニコをあつかったときと同じように、何か運命的なものからはどうしても自由になれない、そんな実にリアルな女の物語なのだ。そして、そんなリアルな女性の姿を通して、彼女が戦ったものもまた、これまたリアルに浮かび上がってくる。

 ひとつには女たちがその犠牲となった「男性上位社会」(patriarcato)。いくら女性の解放を口にしても、現実的には常に男の下に置かれ続けてしまう。そんな女性たちが戦う相手こそは、「patriarcato」。まさに「父」(pater)が「頭」(arche)として君臨するような体制。

 虐げられ、犠牲となってきたものこそ、立ち上がらなければならない。それが彼女の父であるカール・マルクスの教え。エリノアは、そんな父の教えに従い、服従を強いられている人々、とりわけ子どもたちが労働力として搾取されている現実に、意義を申し立てるジャーナリスト、社会活動家として活躍を続けることになる。

 そんなエリノアがアメリカで取材をするとき、当時の写真の引用をもちいながら、スクリーンに映し出される繊維工場での子どもたちの姿。そんな小さな存在を労働力として収奪することを、あたりまえだとみなす資本家たち。このシーンに流れる曲が、ダウンタウンボーイズの楽曲『A wall』(2017)。これはドナルド・トランプが大統領となった年に出た、アンチ・トランプの曲。それが19世紀の子どもたちの搾取の告発のシーンに使われることで生まれるのが、おもいがけないリアリティー。

https://www.youtube.com/watch?v=faCkgfiKguI

実にパンクなんだよね。たぶんこんなふうに歌っているのだと思う。字幕になっていなかったので、ここはちょっと訳してみた。

♪〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
もうたくさんはどれくらい?
だれがコールしてくれるのさ
ファッキャー
あたいのパブリックな言葉
あたのプライベートな言葉
パブリックなコール
プラベートなコール
ファッキャー

How much is enough?
And who makes that call?
Fuck yeah
My public word (fuck yeah)
My private word (fuck yeah)
A public call (fuck yeah)
A private call (fuck yeah)
Fuck yeah!

ファックをこっちによこすな
あたいはゆるさないから
けっしてゆるしゃしないから
隠しごとはなし
隠したりしない
そんなのゆるさない
決してゆるさないから

You can't ball the fuck on us
I won't let that go
I'll never let that go
You can't ball the fuck on us
I won't hide
I won't hide
I won't let that go
I'll never let that go

ひろい場所からさ
隠された場所へ
ひろい視点から
かくされた視点へ

From the broad side
To the hidden side
From the the broad side
To the hidden side

壁は壁よ
ただの壁よ
壁は壁さ
ただの壁なのさ
ただそれだけなのさ

A wall is a wall
A wall is just a wall
A wall is a wall
And nothing more at all

あたい逮捕された(くそくらえ)
あたいの権利はどうなの(くそくらえ)
もっと言ってやろうか(くそくらえ)
もっと言わなきゃだめなのか(くそくらえ)
くそくらえ
あいつを見てごらん
自分が見えるからさ、自分を見てほしいからさ

Am I under arrest? (fuck it)
And do I have the right? (fuck it)
Need I say more? (fuck it)
And do I need to say more (fuck it)
Fuck it
And when you see him now
I hope you see yourself, I hope you see yourself

あいつを今見たら
あなたに見てほしい、見てほしい
見てほしい、見てほしい

And when you see him now
I hope you look, I hope you look
I hope you look
I hope you look

もっと広いとこからさ
隠されたところへ
もっと広い視点から
隠された視点へ

From the broad side
To the hidden side
From the the broad side
To the hidden side

壁は壁さ
ただの壁さ
ただそれだけ

A wall is a wall
A wall is just a wall
A wall is a wall
And nothing more at all
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

いい曲だよね。このバンドの曲でほかに印象的だったのは、エリノアがお手伝いさんに薬を買いにゆかせるとき、最後の最後に踊る曲『I'm enogh (I want more)』。「もうたくさん、でももっとほしい」という矛盾に満ちた叫び。歌詞がすべてを語っている。このシーンでは歌詞が、この歌が主役。踊るエリノアは脇役。シーンの主役を音楽にしてしまうのが、スザンナ監督のナイスなところ。

そしてラストシーンがまたいいのよ。ブルース・スプリングスティーン兄さんの『Dancing in the dark』をダウンタウンボーイズたちが見事なパンクに仕上げてくれる。しかも、ラストの回想シーンの希望に満ちたエリノアのことばがいいじゃない。わたしの格率にしてモットーは「"Go ahead" 前に進めよ」というときの笑顔なんて、もう.... おもわず落涙。

次回作の『キアラ』にも期待です。


追記〜〜〜〜〜〜〜

スプリングスティーンの『ダンシング・イン・ザ・ダーク』の歌詞。ダウンタウンボーイズたちは、「暗闇をおそれちゃだめ。そこにチャンスがあるはずなんだから」と励ますように歌ってくれている。ブルースの原曲どおりに歌っているんだけど、意味を発信する場所が違っている。ブルースの男っぽいブルーカラーのやるせない若さは、時と場所をずれしながら、その意味さえもずらしてゆく。

♪〜〜〜〜〜〜〜〜
火を起こしたいなら
火花がなきゃだめよ
このガンを貸したげる
暗闇のダンスも悪くない

Can't start a fire
Can't start a fire without a spark
This gun's for hire
Even if we're just dancing in the dark
YasujiOshiba

YasujiOshiba