かなり悪いオヤジ

声優夫婦の甘くない生活のかなり悪いオヤジのレビュー・感想・評価

声優夫婦の甘くない生活(2019年製作の映画)
3.5
本作は本当にフェリーニにオマージュを捧げた作品なのであろうか。イスラエルに移住したロシア系ユダヤ人夫婦の職業は二人とも、映画吹替専門の元声優で、フェリーニの『カビリアの夜』を担当したラヤの声にヴィクトルが一“耳”惚れして結婚。ジュリエッタ・マッシーナにどことなく感じが似ている妻ラヤと、アンソニー・クイン似の自己中夫ヴィクトルが主人公である。イスラエルでなかなか希望の仕事が見つからずラヤがありついた仕事は、なんとテレホンセックスの受電担当だった。

外国映画が放映されない旧ソ連で、フェリーニ作品を上映すべく政府に働きかけたのがこのヴィクトルという設定だ。ゆえにこのヴィクトル、フェデリコ・フェリーニに人一倍の強い思い入れがある。しかしイタリア人に言わせるとこのフェリーニ、スタジオ撮影にこだわった俗っぽい演出がネオリアリズモ一派の不評を買っていて、芸術志向の評論家受けがいまいちなのだとか。邦題元ネタの『甘い生活』や『81/2』にも、真の芸術家としての自身の資質に疑問を抱いているフェリーニの不安が行間から汲み取れる気がするのである。

『クレイマー、クレイマー』のダスティン・ホフマンや『波止場』のマーロン・ブランドを気取ってみたところで、所詮は吹替え担当、決してハリウッド俳優本人にはなれないのである。そんなプライドが邪魔して希望の仕事がなかなか見つからず、海賊版ビデオの吹替にやっとこさありつけそうになったその時、愛する妻がセックステレホンで“マルガリータ”と名乗っている事実を知るのである。ヴィクトルのプライドはズタズタに引き裂かれビデオテープに八つ当たり、そんな夫に嫌気がさしてマヤはとうとう家出してしまう。

要するにこの映画、フェリーニかぶれの男が現実の壁にぶちあたり、自分が置かれている現在の厳しい状況を冷静に見直すお話なのだ。映画俳優よろしく人前で熱烈なキスをしてみたところで、一般人からみれば“毒ガス”にほかならない老人同士のお戯れに過ぎないのである。ようやく映画という夢から覚めたヴィクトルは、ジェルソミーナを失ったザンパノにならずにすんだのだ。けっしてオマージュ作品ではないものの、自己の俗物性に気づく芸術家気取りのヴィクトルは、やはりどこかあのフェリーニに似ているのかもしれない。