かなり悪いオヤジ

ブローニュの森の貴婦人たちのかなり悪いオヤジのレビュー・感想・評価

3.7
映画特に巨匠と呼ばれる監督が撮った作品は、はからずも出演した俳優の未来を占っていることがままある。フランコ将軍に敗れフランスに逃れた元スペイン人民戦線首相の娘であるマリア・カザレスが主役をつとめた本作は、長きにわたり愛人関係となった作家アルベール・カミュとマリア・カザレスの未来をものの見事に予言しているのである。

『罪の天使たち』に続くロベール・ブレッソンの長篇2作目となる本作品は、同監督作品の代名詞“シネマトグラフ”とは違って商業映画よりの演出がなされている。プレイボーイに捨てられそうになった貴婦人のリベンジストーリーなのだが、そこはブレッソン、18世紀フランス人哲学者ドゥニ・ディドロの原作小説『運命論者ジャックとその主人』に独自の解釈を付け加えたノワール・サスペンス風に脚色している。台詞監修はあのジャン・コクトーだ。

映画ラストの「ともに生きよう」などという感傷的な台詞なんぞは、おそらく詩的リアリズムの流れを汲んだコクトーの仕業だろうが、まったくブレッソン作品にはそぐわない。後の“シネマトグラフ”的な演出は、マリア・カザレス演じる貴婦人エレーヌが、自分を捨てようとしたジーン(ポール・ベルナール)と踊り子アニエス(エリナ・ラルブレット)を引き合わせた理由を、“復讐”だと告げる場面に集約されるだろう。

2人の結婚式になんと“喪服”を着て現れたエレーヌ。自分の妻となるアニエスが元“踊り子”つまり娼婦だと知った時、プライドの高いジーンはその事実を受け入れられずエレーヌの元に戻ってくると確信していたのではないか。娼婦のたまり場として知られている“ブローニュの森”を初めての待ち合わせ場所に選んだのも、アニエスの本業をそれとなく匂わせるためのエレーヌの意地悪な演出だったに違いない。

結婚式当日、真実発覚を怖れ気絶したエレーヌを残してジーンは車に乗って逃亡をはかるのだが、エレーヌの車にとうせんぼされて抜け出せなくなるのである。車をバックさせては切り返し、なんとかすり抜けようとする度に、復讐に燃える鬼面顔のエレーヌとご対面せざる得ないえげつないシチュエーション。この映画陰のクライマックスといってもよいだろう。そして本シーンこそが、女優マリア・カザレスのその後の運命をも予言しているのである。

カザレスと愛人関係を続けながら、お相手のカミュはどうしても妻子と別れることができずズブズブのまま、1960年に“自動車事故”にあって亡くなってしまうのである。エレーヌの車にジーンの運転する車が軽く接触するシーンを観た時、私はこの映画の原作タイトルに“運命論者”という単語が使われていたことをふと思い出したのである。なんという皮肉。固い絆で結ばれたカザレスとカミュが取り交わした手紙は、合計865通にも達していたという。