九月

アムステルダムの九月のレビュー・感想・評価

アムステルダム(2022年製作の映画)
4.8
楽しみにしていたけれど、評判があまり良くないので後回しにしようかと思っていたこの作品、公開から一週間と経たないうちにもうすでに二回も観に行ってしまった。

友人であるバートとハロルドが、依頼された検死に取り掛かっている最中に事件に巻き込まれ、序盤こそシリアスな雰囲気を感じ取ったものの、起こっている出来事の深刻さの割にはどこかのんびりとした気持ちで眺めていられる映画だった。
最後まで観ても特にここぞという盛り上がりや起伏はなく、急激に感情を揺さぶられることはほとんどなかったけれど、その緩やかさも含めて好きだった。それなのに目に映るもの全てに飽きることはなく、最後まで堪能して、鑑賞後とても気分が良かった。

ありえないけどほぼ実話ということだが確かに、社会や国家の一員として生きていると出くわすようなこと、「歴史は繰り返す」ということが凝縮されていた。
いつの時代も、お金や権力を持っている人に無意識のうちにでも振り回されているのかと思うと気が滅入る。それでも、時代や社会に翻弄されずに、自分にとって大切なものは何かを自ら選んで生きていく三人の姿を見て、とても元気が出た。

第一次世界大戦中、赴任地であるフランスで出会ったバート、ハロルド、そして彼らの命を救ったヴァレリーは、その後アムステルダムで共に過ごし、かけがえのない友情を築く。
妻を祖国に残しているバートはひとりニューヨークに戻ることになるが、アムステルダムでの時間があまりにも眩しく、引き留めるヴァレリー同様、いつまでも三人でアムステルダムでこうして過ごしていてほしい、という気持ちになった。
その後三人は離れ離れになってしまい、時系列が入り乱れたり、舞台がフランス、アムステルダム、ニューヨークと移り変わったり、台詞や登場人物が多かったりと、初めのうちこそ混乱したものの、時の経過を感じ、各人物の素性や繋がりがだんだんと明らかになり、後から理解が追いついてくるのを楽しんだ。
黒幕は誰なのか、もしかしてあの人は…と勘繰ったり勘違いしたりしているうちに、見方によっては神にも悪にもなり得るということを痛感。間違った神を追いかけてはいないか?自分にとっては敵でしかない人物も誰かの神だったり、その逆もあったりするのだと思い知らされる。

絶対に忘れられないようなシーンがあるかと言うと、そういう訳でもなく、どのシーンも同じくらい好きだった。裏を返せば、特別印象に残るものはないのかもしれないけれど、いつ観ても何度観ても楽しめそうだと思った。
とはいえ、ヴァレリーとハロルドが写真を撮り合うシーンがお気に入り。芸術的で、ふたりの関係性も合わさり、見ていて幸せな気持ちになった。

加点するところがあまりないような映画なのかもしれないけれど、私は減点するところが少ない映画のように感じた。
主人公のキャラクターも相まってどこか間の抜けた印象も受けたけれど、心を掻き乱されずに観られて、刺激や衝撃を求めていなかった今の気分にちょうど良かったのかもしれない。

一度は離れ離れになりながらも再会し、誓いを果たす彼らが口にし頷き合う「歴史は繰り返す」の言葉は、何も悪いことばかりではないと思わせてくれる温かさがあった。
九月

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