みさきの運転技術は母の支配の産物だったと知らされると、すべて見え方が変わってくる。
母の足代わりとして搾取され続けてきて、正式に免許を取った直後に母が死んだこと。父の苗字が多いとされる土地で、車が故障したこと。負の記憶と結びつく運転技術が一人になった彼女の命を繋げること。
なにもかもが運命的で、かつ、こんなことは現実のあちこちにありふれているんだろうなとも感じられる塩梅だ。
主人公にとって車で移動するというのは、車に乗っていることも妻が死んだことも忘れて、妻と二人になれる時間であったのだろう。
そこに、みさきが入って運転という動作だけを置き換わって、さらには妻・音の不倫相手だった高槻までもが侵入してくるのをゆるすことになる。
物理的に観測できるかたちで、主人公の心情の変遷を見ているようでおもしろかった。
精神的にも肉体的にも音に惹かれた高槻は、彼女の死後、今度は夫に引き寄せられ、「二人だけのときの顔」を知りたがる。
セラピーのようにして夫婦の性行為から生まれた物語が、別の男を呼び寄せ、破滅に向かわせるのもまた、運命か、そうでなければ呪いに思えるのだ。