真田ピロシキ

岬のマヨイガの真田ピロシキのレビュー・感想・評価

岬のマヨイガ(2021年製作の映画)
3.7
行け行けその先が闇に思えようと、行け行け今ここにあなたを信じる場所がある。

『平家物語』同様に羊文学がテーマ曲なので以前から興味を抱いていたアニメ。と言ってもろくに作品情報は仕入れていなかったので、冒頭で破壊し尽くされた町並みを歩く老女キワと2人の少女ユイとひよりを見て東日本大震災直後の話と気付く。私は九州に住んでいるので震災の影響はなく当時のTVやネット等で受け取る情報が全てだったので、例えばモールは開業していたり学校も普通に始まっている震災直後の東北の日常を物語の形で見せられるとニュースよりも今更ながら震災が近く感じられる。この映画には妖怪がたくさん存在していて、悪しき存在とされるのが昔から伝えられる悲しみを食って成長するアガメという海蛇であるが、未曾有の災害を糧に従来の方法では敵わなくなるまで成長したアガメが背負ったものの大きさを物語る。アガメに食われるといなくなった人に誘われるように土地を離れていく。流出せざるを得なかった震災のリアルをメタファーとして表現されてて、退治されたアガメはキワらに祀られるのが震災から10年後に公開された映画の祈り。

震災映画に加えてもう1つの側面は家族映画。しかし本作の3人家族はキワ、ユイ、ひよりの誰として血縁がない。ユイは威圧的な父から逃れて家出して、ひよりは両親が交通事故死して遠い親戚に預けられてて被災したのを避難所でキワが孫だと偽って引き取る。この家族を見いだせなかった孫たちが血縁のない関係に真の家族を得られるのが救いの物語。ユイはアガメに父親の幻影を幾度か見せつけられて、父親に連れ去られるのを止めようとするひよりは「赤の他人が関わるな」と引き剥がされるのだが、その赤の他人こそが不幸な肉親の束縛を破るのは、何かと毒親の"絆"を断ち切ろうとしない現代社会へのカウンター。最後にユイが「ここが私の故郷」と言うのも家族、家、故郷と言った出生に縛られた嫌なムラ的価値観を捉え直して、冒頭に挙げた歌詞の一節のように「あなたを信じる場所」良い人の存在が見つめられててこの物語に癒やされる人は少なくないと思う。

震災で荒れ果てた光景は経験者でもないのにうっと来る。3人が暮らすマヨイガはご加護がなしにしても綺麗な自然豊かで、菜食中心のオーガニックな食事が今の自分の目指す生活としては羨ましい。スマホ等の類が全く映らないのはアンチ文明?根っから文明社会に毒されている自分であるが、ここまで豊かな暮らし向きだと一時的ではなく本格的にスマホ断ちしたくなるかもしれない。マヨイガの元祖みたいなところが純和風でもなくて色んな地方の特徴を取り入れてるのが面白い。神様はハイカラでミーハーである。作中幾つかある昔話は演出がそれぞれ異なり語りを飽きさせない。声優はこれも1つの期待要素だった芦田愛菜だが、芦田愛菜の力量を思うと悪くはないが普通と思ったかな。キワ役の大竹しのぶの方が魅力的に感じた。羊文学の『マヨイガ』を歌詞を踏みしめながらエンドロールを眺めていたら、元々好きな曲だったのもあり涙腺を刺激された。羊文学、『平家物語』もだしタイアップで良い仕事してるよね。