永遠の寂しんぼ

竜とそばかすの姫の永遠の寂しんぼのレビュー・感想・評価

竜とそばかすの姫(2021年製作の映画)
3.7
『誰か良い脚本家よ、細田監督を導いてぇ〜♫』

僕にとってこの映画はたぶん今年で一番評価が難しい。作品の中で良い所と悪い所がはっきり分かれてしまっていて、どっちに比重を置くかで自分の中での賛否や↑のスコアがガラッと変わってしまう。僕の感想を劇中のモブキャラのセリフを真似て一言でまとめるなら、「最高の音楽と映像を台無しにしやがって‼︎」かな。なので全体的にはやや否定派と言うことになると思う…。

今作の美点一つ目はもちろん映像美。正直細田監督のクセのつよいキャラ造形はサマーウォーズの頃から苦手だけれど、それ以外は本当に素晴らしい。ヴァーチャル空間”U”のサイバーとファンタジーが融合したようなきめ細かなヴィジュアルや華やかなベルのライブ、現実世界の美しい自然風景はそれだけで映画館で観る価値があると思うくらい作り込まれていて見応えがあった。特に花の舞うベルの歌唱シーンの美しさは圧倒的で、あの『スパイダーバース』と良い勝負ができるんじゃないかと思うくらいアニメ映画としてのヴィジュアルの力を感じた。
二つ目の美点はベルの歌声。正直僕はプロの声優ではない芸能人の声の演技は苦手(『ジョゼと虎と魚たち』みたいに芸能人CVでも大成功したと思っている作品も幾つかある。)。芸能人声優の方が誇張の無いリアルな声が出せるって意見は頭の中では理解できるものの、耳がどこか抵抗を感じてしまう。今作のキャラボイスは殆ど芸能人によるものだからだいぶ抵抗があった。これに関しては相性の問題だからどうしようもない。しかし、主人公すずのアバターであるベルの歌声はシンガーソングライターの方が演じている事あって鳥肌が立つほど素晴らしかった!僕はミュージカル映画なんて観た事もないし、音楽の素養はゼロだけれども、そんな奴でも体で分かるくらい終盤のベルの歌声には凄みがあった。ベルに億単位のフォロワーがいたり、彼女の歌声を聴いた人が皆「自分の為に歌ってくれている」と感じるという設定は無理矢理が過ぎるとは思ったものの、一瞬それに納得してしまいそうになるくらい響くものがあった。

 といった感じで、この映画は瞬間瞬間には今年ベスト級かと思うくらい素晴らしいシーンがある。しかし、見過ごしようが無いどころかそっちの方がより気になってしまうのが脚本。今作の脚本に関して本当にガックリ来ている。正直今作の脚本は細田監督のエゴイスティックな人間性が滲み出ていると思う。自分の言いたい事だけ言って、それを受け止める人がどう思うかを全然考えていない、そんな脚本だと思った。

基本的にこの映画は監督の描きたい事と訴えたい事のプロットが全面に押し出されていて、それにストーリーと設定が全然追いついていないと感じた。描きたいシーンと伝えたいメッセージありきで話が進んでいて、細かい調整が行き届きておらず、要素と要素の繋がりが不明瞭。おまけにキャラクターと描きたいテーマが詰め込み過ぎで一つ一つが散漫。監督の頭の中では物語は完成しているのだろうけど、観ている側としては違和感が多くすんなり話が頭に入ってこない。
まずは”U”の世界について。”U”は同じネット空間であるサマーウォーズの”Oz”に比べて、映像は作り込まれていてもその内容はスカスカで、アバター同士で会話ができたりライブが開けたりする以上の事が殆ど見えず、完全に物語の背景と化していて掘り下げが無さすぎる。“U“の世界観や設定についても物語上の説明が下手で、都合よくナレーションで説明したりキャラにベラベラ喋らしたりで事務処理感があった。そして何より今作のネット社会の描き方は恣意的過ぎて細田監督のネットに対する憎しみが丸出しになっている。本作は必要以上に匿名の誹謗中傷や個人の特定によるプライバシー侵害など、ネット世界の闇ばかりが描かれていて観ていて良い気分はしない。おまけに“アンベイル“という理解しがたいルール?も存在する。何故あんな薄っぺらい正義漢みたいなアバターが“U“の防衛を任されているのか?それに“竜“が嫌われている事もそれが最初から決められた事のように話が流れていて、何故竜が嫌われているかがイマイチ分からない。

個人的にキャラクターというものは物語に出す限りは相応の掘り下げが必要だと思っている。本作のキャラクターは無駄に多く、掘り下げが全然できていない。とりあえずあのおばさん5人は本気で要らない。すずとどういう関係なのかの説明がまるで無いし、肝心な場面での役に立ってなさはありえないレベル。すずの同級生たちの恋愛描写も取って付けたような感じで、物語上の意味をあまり感じない。さらにすずの父親の掘り下げも浅すぎる。親子関係に溝ができてしまっている事を示しておきながら彼の物語上の役割は中途半端過ぎで、だったら父親なんて最初から登場させる必要は無いだろうと思った。

クライマックスに至る過程も強引かつご都合的なもの。そのクライマックスに関してもすずと竜のオリジンである“彼“にばかり話の焦点が絞られ、それまでに登場した他のキャラ達や“U“の存在の物語上の意味が殆ど消えてしまっている。“U“という世界観を提示し、あれだけベルの歌声で世界中の人々の心を打たせ、合間にすずの同級生の物語を描いたにも関わらず、それらの過程が全然活かされないような展開だったと思う。

脚本の粗に目をつぶり、要所要所の最大瞬間風速的な良さを汲み取るような見方をする人にとってはこの映画はめちゃくちゃ刺さる大傑作になるのだと思う。でも僕はストーリー全体の整合性やキャラクターの心理や行動の動機が納得できる形で描かれているかどうかに注目して映画を観てしまうし、それらが良く出来ている(と思った)映画が好きなのでこういう感想になってしまった。

この映画の公式が出しているあらすじは“U“の説明を含めて結構長め。すごく嫌味な勘繰りをすれば、これは今作の製作者たちが心のどこかで物語上の説明不足さを自覚していた結果ではないだろうか。製作者の人達の中に自分達で映画を観て『細田さんコレおかしくないですか?』って言える人は居なかったんだろうか?孤独な獣が心優しき少女によって心を開くという物語を作っておきながら、細田監督は頑なに自ら脚本を書き、自分のエゴを押し出し続けている、という壮大な矛盾を感じた。