このレビューはネタバレを含みます
熱心なカトリック教徒であったため、迫害を受け島流しにされた天才学者のチョン・ヤクチョン。
その島、黒山島で暮らす貧しい漁師チャンデ。
普通なら出会うことのなかった二人が、互いに知識を交換することによって親交を深めていく様は観ていて心地よかった。
1801年当時の朝鮮の人々の暮らしが良く分かる作品だった。
とにかく平民は重い税によって役人から搾取されている。
ヤクチョンが流された黒山島もその例外ではなく、島を管理している別将オムは自分の利益と出世のことしか考えておらず、島民たちの生活を苦しめている。
自分たちが生きるだけでも精一杯なのに、島民たちはヤクチョンを暖かい眼差しで迎える。
特に彼と同居することになったカゴという未亡人が、とても人情味があって好感を持てた。
時折軽口をたたいたりもするが、ヤクチョンに「そんなに見つめられると惚れてしまうだろう」とからかわれると本気で照れてしまうところが愛らしい。
漁師のビョンデは学問に対する意欲はあるが、島ではなかなか書物を手に入れることが出来ない。
そもそも貧しい彼の身分では学があっても出世することは出来ない。
しかし彼は人の生きる道を知るために学びたいのだと言う。
ビョンデは国家に反するキリスト教を信仰するヤクチョンを軽蔑していたが、彼は海に飛び込んで溺れたヤクチョンを助け、彼の回復のために海で捕れたタコを届ける。
ビョンデに貸しを作ってしまったヤクチョンは、彼に学問を教える代わりに魚の知識を教えて欲しいと頼む。
これは取引なのだと。
今までは人の生きる道を学んできたヤクチョンだが、この島で彼は明白な事実を学びたいのだと言う。
こうして彼は魚の生態を記録した書物の執筆を始める。
ヤクチョンとビョンデは互いに知識を交換し、幸せな日々が続くかに思われた。
しかし学問を身に付けたビョンデの心情は少しずつ変化していく。
彼の父親は実は両班という支配階級の身分だった。
父親は彼と母親を捨てて本土に帰ってしまった。
ビョンデが学問を身に付けたいと願ったのは、少しでも父親に近づきたいという思いがあったからだろう。
そして彼は父親と同じように出世することを心の中で望んでいる。
すると息子の評判を聞いた父親は、彼を身分違いながらも役人の試験を受けられるように取り計らおうとする。
ビョンデは逡巡した結果、島を出て役人になる道を選ぶ。
彼がヤクチョンと決別してしまった決定的な理由は、ヤクチョンが語った王のいない世界という理想論にある。
王によって平民が支配されているという構図が常識だった世界で、ヤクチョンが語った皆が平等である世界というのは、ビョンデの目から見れば夢物語であるだけでなくかなり危険な思想だった。
それにしてもヤクチョンはかなり時代の先を読んでいたことになる。
だからこそ彼は特に王家から危険視されたのだろう。
同じく流刑の身であった彼の弟ヤギョンは赦免されたのに、最後までヤクチョンに許しが出ることはなかった。
病を患いながらも筆を取り続けるヤクチョンと、見た目だけは立派に着飾っているビョンデとの対比が印象的だった。
父親と共に本土に渡ったビョンデだが、そこでこの国の政治が腐りきっている事実を見せつけられる。
既に亡くなってしまった親族や、生まれたばかりの赤ん坊にまで税を科そうとする役人の姿は、本当に同じ人間のすることだとは思えなかった。
しかし、少し時代を遡ればどこの国でも同じような状況だったのだ。
自分のことしか考えられない愚かな人間が多い世の中で、それでも人のために生きようとした一部の賢者によって、今の世界は作られているのだと思った。
ヤクチョンと結婚したカゴは、結果的に苦しい人生を歩んでしまったが、それは正しい選択だったと思う。
そして人間の心をなくさなかったビョンデの選択も正しかったのだと思う。
歴史的な背景を知らないと分からない単語もあったが、思ったよりもずっと親しみやすい作品だった。
ソル・ギョングは時代劇は初めてとのことだったが、厳しくもユーモラスなヤクチョンのキャラクターは存在感たっぷりだった。
そしてビョンデ役のビョン・ヨハンもリアリティのある演技でかなり印象に残った。