真田ピロシキ

クライ・マッチョの真田ピロシキのレビュー・感想・評価

クライ・マッチョ(2021年製作の映画)
3.5
最早90歳を超えて監督と主演をやってるだけで評価されそうなイーストウッド。流石の円熟味をふんだんに感じさせる作品で、冒頭で陽射しを浴びた車が走るシーンを見ただけで映画館に足を運んだ意味を感じさせる言葉にならない良さがある。侘び寂びの境地だろうか。ハリウッド製大スペクタクルを以て映画館鑑賞の醍醐味を語る向きがあるがありゃ嘘だね。そんなものは見せかけに過ぎないよ。

かつてロデオで名を馳せた老人マイクが父親に放置され母親には愛されていない少年ラファエルをメキシコから父親のいるテキサスまで連れて行く物語であるが、そこも90歳を超えた老人(役はもっと若いのだろうが)が主人公なのでせいぜいが母親が仕向けた追手が何度かやってきたり車を盗まれるくらいで事件と言えるような事はさほど起こらず、主に描かれるのは足止めを喰らった町での穏やかな日々。そこでレストランを営む女性マルタ一家との交流や、金策のために暴れ馬を慣らしたり、ついでにドリトル先生のように獣医の真似事をする姿が描かれて、一応は誘拐と捉えられてるはずなのにスリリングさはない。少し不穏だった保安官補もあれだし。しかしそれがとても心地良い。ラファエルのヒヤリとしそうなキリスト教観も軽く受け流すのが老成と言うか、先の大統領選で民主党に鞍替えしたイーストウッドにはキリスト教右派等に思うところがあったのをやんわりと反映されたのか。その辺を思うと興味深い。またメキシコでは言葉の通じないマイクはラファエルを通じてマルタらと会話するのだが、聾唖者であるマルタの孫娘には実は使えた手話で会話してちょっとした優位をラファエルに示していてそれがユーモラスであるし、わざとらしくないポリティカルコレクトネスを映し出せていて巧みである。

しかしマッチョを否定するというような触れ込みの割にはそれは唐突に言葉でなされたように見えてここはあまり響くものはなく、教科書的なポリティカルコレクトネスに感じられた。イーストウッドによるマッチョ否定ならハリー・キャラハン的な力で解決してたキャラを死なせる事で事態を収集させた『グラン・トリノ』がもっと上手くやれてたのでここは退化したかも。その代わり過去作から良くなった点もあって、『運び屋』では90近い爺さんが若い女性と3Pしててイーストウッド自身の描き方が気持ち悪く、本作にもラファエルの母から誘惑されて一瞬「ウッ…」となるも、マルタとの関係はそうした女性を渋さのトロフィーにする描写とはかけ離れて見てて気持ちが良く、イーストウッドに安心が出来た。数年前とは心境の変化が訪れたのだろうか?あの歳で考え方を柔軟に変えられるならやはり大した人である。支持政党も変えたわけですし。

ちなみに本作におけるマッチョはラファエルが闘鶏に用いてる鶏の名前。この鶏を仕込んだエピソードが現代の忌むべきマッチョ神話の比喩になるのかと思ったのだがそうはならないのが評価に困るところだ。ただ腰抜けではないチキン君は要所要所で活躍してくれて良いアクセント。本作で見逃せない名脇役です。