しの

ウォンカとチョコレート工場のはじまりのしののレビュー・感想・評価

4.0
ああこれは『パディントン』の監督の作品だわと納得。本作も美術に童話的な作り物感があるのだが、これが職人が作るチョコレートの温かみを表現し(劇中で食べられているものは実際に全て手作りらしい)、そこに今だから描ける魔法の表現が加わり、そしてラストであの光景が……楽しかった。

ウンパルンパのデザインだけでなく、ド頭から歌が始まる構成や、階段を上がり下がりする動き、ティーカップ花など、予想以上に『夢のチョコレート工場』(1971)に対応した作り。しかも今回ウォンカは母子家庭という設定になっているので、バートン版『チャーリーとチョコレート工場』(2005)のことは忘れた方がいい。というか、本作が『チャーリーとチョコレート工場』ではなく『夢のチョコレート工場』に着想を得た前日譚であることは監督も述べていたわけで、それをボカしたプロモーションで突っ切っているのは何とも言えないヒヤヒヤ感がある。いくら1971年版が日本未公開とはいえ……。

しかし本作単体としては非常に高品質だと思う。冒頭、硬貨がどんどん減っていくシークエンスの見せ方がかなり楽しく、しかもそこでSave the cat的にウォンカのパーソナリティを説明しつつ、「貧しい者が夢を携えて上京する」シチュエーションを端的に導入している。この時点でこの映画はレベルが高いなとすぐに分かった。その後の「帽子芸」でこの話のリアリティラインも示している。というかもはやチョコレート関係ないところでも人が宙に浮いてミュージカルとかするので、半分ハリーポッター的な魔法ワールドの世界だ。従って、理屈で見ると諸々強引なところはあるのだが、童話として割り切れば大丈夫だろう。

ぶっちゃけ、ウォンカはチョコレート職人としては最初から無敵なので、「上京してどう大成していくか……」みたいなシビアな筋で見るとズレる。どちらかというと、これは夢を分かち合う仲間を見つけるまでの話なのだ。チョコレートはそんな夢のメタファーとして扱われる。その意味では、敵対する「チョコレートカルテル」のチョコレートがほぼ通貨としてしか描かれていないという対比が面白い。同じ“四角い箱”でも、それは夢というより賄賂や買収の道具なのだ。警官がチョコレート漬けにされる様なんて、もはや麻薬カルテルの描写に近い。終盤、ウォンカと相棒の少女がピンチに陥るが、そこでのチョコレートの使われ方が考えうる限り最悪なもので、しかも画としても全くイマジネーションがない。このように、チョコレートの表現を通じて、各キャラクターが「夢」をどう扱っているかが巧妙に描かれている。高級だ。

つまりこれは、チョコレートを単なる通貨に堕落させた者たちから“夢のチョコレート”を取り戻す話なのだ。そしてラストで文字通りそれを「分かち合」い、『夢のチョコレート工場』に繋がっていく。非常に綺麗な流れだが、後にあそこまで捻くれると考えると……味わい深い。ただ、後のウォンカ像と接続するにはさらに間にもう一本必要では? とも思うし、その予兆みたいなものを示しても良かったのかもしれない。とはいえ、そうするとあの幸福全振りのラスト(というかエンドロール含めこの監督らしい「過剰ハッピーエンド」)に着地しないので、難しい所だ。

いずれにせよ、これ単体で観れば非常に夢のある内容で、しかもそれが実在感ある美術とハイセンスで楽しい編集、無駄のないプロットで説得力をもって語られている作品ではあるだろう。レビューを見ると案の定『チャーリーとチョコレート工場』の前日譚だと思っている人が設定の矛盾を指摘しているものが多く、これは完全にプロモーションの弊害だ。紛らわしいプロモーションに惑わされるには惜しい作品だった。

※感想ラジオ
【ネタバレ感想】チョコの描き方バツグン!よくできたファンタジー大作『ウォンカとチョコレート工場のはじまり』
https://youtu.be/nZvx1dDwjI0?si=B0ZkAeXkSkjqZ2CZ
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