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明け方の若者たちのnetfilmsのレビュー・感想・評価

明け方の若者たち(2021年製作の映画)
3.8
 たかだか20数年生きただけで、「人生の勝ち組」などと自慢気に話す人間の呆れるような浅はかさはともかくとしても、やはりバカな連中が楽しむ空間そのものに居心地の悪さを感じる若者も少なからずおり、彼らは微かな価値観の共有に特別な何かを感じ、静けさに包まれた夜の街へと繰り出す。その出会い自体に何ら特別なことなどなく、彼女(黒島結菜)はいとも簡単に手慣れた様子で僕(北村匠海)の電話番号を聞き出した。社会に出る前の猶予期間である大学生活を終え、これから社会人として新たなフィールドへと旅立つ僕はこれからの生活への憧れと不安で心が落ち着かず、何処か浮ついていた。そんな時に彼女の16文字のLINEが不意に飛び込んで来て、浮ついた僕を余計に浮つかせる。彼女と時化込んだ明大前の夜の街はどこまでも広く、空は高くて、もう一軒はしごしようと思ったものの、公園のベンチのひんやりとした空気はかえって居心地がよく、ほろ酔いの僕はコンビニで買い足したハイボール缶片手に、他愛ない会話を延々と繰り返した。ここで繰り広げられた会話は映画の3分の2までは実に他愛ない会話で埋め尽くされ、僕が彼女という女の子の人となりを知るには十分で、何よりその時間は夢のように楽しい時間だった。ハイボール缶は真ん中のところで9の字に降り曲がり、無人のベンチに取り残された。

 まだまだ社会の洗礼を浴びていない20代前半。青春と呼びたい時間は終わりかけの季節を迎えているが、内定に浮かれる彼ら彼女らはまだそのことを知らない。上っ面だけの大学生活に別れを告げ、これから自立し歩んでいこうとする道程の中で、偶然出会った戦友のような彼女の姿。『花束みたいに恋をした』以降の青春・恋愛映画において、彼女ほどメンヘラ気質でなく、理路整然と穏やかに僕を説得してくれる年上女子は極めて珍しい。LINEの短文で釣って来たかと思えば、ムラムラした自分の背中を押してくれるような彼女の声。デート中は同年代のような若々しい素振りを見せながら、大事なところでは掌の上で転がされるような彼女の絶妙なタッチは産毛の様に柔らかく、僕の一番心地良い場所を優しく抱きしめてくれる。社会に放り出され、こんなはずじゃなかったと思う出来事に神経をすり減らす毎日でも、二人三脚で歩けるならば容易いことだが、人生そうそう上手くはいかない。ほとんど完璧な彼女の唯一の欠損は2人にとって深刻な問題しか引き起こさない。だが社会人一歩手前で浮ついていた僕は彼女のその欠損を受け止め、受け入れてしまったのだ。恋愛におけるリスクは男女共同でシェアせねばならず、当然ながら出会った当初と同じ視点でいることなど出来ない。ましてや彼女の抱えた欠損がこれだけ重大ならば、彼女の決断を甘んじて受け入れるしかない。

 翻って舐めた若者の「人生の勝ち組」という浅はかな言葉を思い出せば、僕と彼女の見ていた地平は立脚点からそもそも違っていた。言葉に対する違和感は共有したにせよ、そのレイヤーの違いに当時の僕が気付いていたかは疑わしい。流されるだけの人生を送る僕はただ流れに身を任せて生きて来たが、残念ながら僕の流される生き方には限界がある。残念ながら僕はまだ、自分の脚でしっかりと地に足をつけた自分の人生をまだ生きていない。クライマックスの僕に起きた心地良い余白には、まだ苛立ちの成分が少し欠けている。だがその描写には監督から主人公への確かなエールが仄かに香る。
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