尾崎きみどり

ボーはおそれているの尾崎きみどりのレビュー・感想・評価

ボーはおそれている(2023年製作の映画)
4.0
3時間ずっと色とりどりの種類が違う悪夢をお出しされてお腹いっぱいになった。人間の悪意には底が無いんだなあと変な感心することしきりだった。一番悪意があるのはお母さん、二番目は監督だな(観客的な意味で)。
全体的な感想は近くで見れば悲劇、遠くで見れば喜劇と言ったところか。セラピー的側面もある。ボーが受ける仕打ちを我が事の様に感じる人にとっては悲劇でありホラーだが、そうでもない人にとってはこの作品はブラックコメディーだと思う。なるほど水ダウじゃねえの的側面もあった。あと宗教色が強いようにも感じた。抑圧的な母親との関係は母系重視なユダヤ教社会の暗喩だろうか。
余りにも酷い場面がてんこ盛りなので、耐えきれず思わず笑ってしまう場面も多かった。(自分の感性がおかしいのは重々承知です)
ゴッサムシティよりも治安の終わってる街に住んでたら、ボーに限らず誰だって神経症になるんじゃないかな。ただ宗教的なことを言うならこれがユダヤ系が感じてる日常なのかもしれない。こんなヤバい街でも他に移り住む選択肢がないのもそれを示唆していると思う。恐らくヨブ記でいうところの善人の苦難も意識しているのだろう。
不安感で一杯なのは冒頭からだが、ボーの旅路が続くに連れて次第にそうでもなくなった。それが上手く計算されているからなのか、自分が慣れてしまったからなのかは分からない。
思うにボーは外見は47歳のオッサンだが、内面はまだ思春期真っ只中なティーンエイジャーなんだな。常に不安がり、泣きながら何かに縋ろうとする姿は不憫な子供そのものだった。エリ・エリ・レマ・サバクタニとでも言わんがばかりに、迷い傷つき寄る辺を求めるさまは敬虔な教徒のようにも見えた。
〈ここから下はネタバレを含みます〉


結局ボーは最後まで舟のオールを自ら握らなかった。炎上するエンジンばかりを気にして手元のオールには見向きもしない。オールを持てば状況は変わるかもしれないのに。
これに限らず彼は全編に渡って自分で解決に向けて行動しない。常に受け身だし逃げる。ただイライラはしなかった。むしろ至極必然的にさえ見える。解決に向けて行動しない/出来ないのは彼のせいなのかは分からない。ああいう毒親がいれば誰だってそうなると思う。
ただそんな彼も、追いつめられながら旅を続けていく内に少し改善しつつあったように思える。旅には自分を見つめ直す側面があるので、それが上手く作用したのだろう。
まあ、アリ・アスター監督は敢えてぶち壊しにするんだけど。宗教的には正しいかもしれないけど最後とかも…えっと、よく人でなしって言われません?
しかし子供っぽい童貞丸だしのあの感じを、よくもまあホアキン・フェニックスは演じられるものだなと感心した。ベッドシーンなんかもう完全にイケナイ放課後風なサムシング。念願叶って良かったじゃんかと思ったら、直後にあの仕打ち。呆然した後思わず笑ってしまった。何でなんすか!?いくらなんでもヒドくね?!ただあの母親は全部自分の掌の上でないと気がすまないんだなと分かったら笑いが引っ込んだ。ここまでやるのかと戦慄した。
愉悦流師範アリ・アスターの、逃げ道を念入りに塞ぐやり口はお見事。やっぱりこの監督人の心がないわ。
あとこの監督の作品で屋根裏部屋があったら警戒しなければいけませんな。父性を念入りに閉じ込めたかったのは分かったが、なんなのあの化け物。強くて硬くてデカすぎ。
尾崎きみどり

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