尾崎きみどり

オオカミの家の尾崎きみどりのレビュー・感想・評価

オオカミの家(2018年製作の映画)
3.5
とある集落から逃げてきた、金髪の美しい娘マリア。ブタを逃がしてしまったため厳しい罰を受けた彼女は、耐えきれず脱走し森の中の一軒家に逃げ込んだ。ペドロとアナと名付けた二匹の子豚と共に、ひっそりと暮らし始めた彼女はかつてない安らぎをおぼえる。しかし彼女を探すオオカミの声が執拗に聞こえ始め、いつしか安心だった筈の家が悪夢へと変容していく…。
なんじゃこりゃすげぇもん観たという感想。ストップモーションアニメで綴られる一時間ちょっとの悪夢。どうやって作ってるの?って場面がてんこ盛りだった。
背景は常にグニャグニャと動いている。人物は粘土等で出来ていて、突然潰れたり溶けたりするので不穏なことこの上ない。なんかヤン・シュヴァンクマイエルみあるなあと思っていたら、解説でもしっかり言及されていた。
場面が移行する際に、カットではなくて背景を別の絵に塗り変えていく手法が面白かった。その場その場が都度都度侵食されていくようで、これが独特の世界観を形成して良かった。
あと音響設計が上手いと思った。物が細かく擦れる音やひたすら呼びかけるオオカミの声、囁くような登場人物の台詞…自宅のショボいテレビ音声でも不気味さを感じる。これ映画館で観たらどうだったんだろ。
特に劇中で聞こえるオオカミの声がひたすら怖い。低くはあるが優しげに呼び続ける声は抑揚が少なく、機械的な一本調子なのでどんどん怖くなっていく。
マリーーーアーーーマリーーーアーーー
帰っておいで私の美しい小鳥(ここでいきなり流暢になるん怖っ!)
話は難解だし簡単に展開が読めないのでしんどいのに目が離せなくなる。
最後のオチにはびっくりした。えっそうなるの?よくあるオチではないだろうなとは思っていたけど普通に予想外だった。
U-NEXT限定配信で鑑賞。親切な解説付きで安心。おかげで作中意味が分からなかった所も理解が捗った。オチの意味もこれで分かって良かった。
DVDBOXも出ているが、この解説映像は収録されていない模様。(初回生産限定盤には特典として解説ブックレットは有るようです。執筆者は解説映像で司会を務めてらっしゃる山下氏)

<以下、ネタバレを含んでいます>

何故オオカミの家というタイトルなんだろう?と思っていたが、解説を聞いて漸く分かったような気がした。
解説曰くこれはマリアの視点で作られたものではなく、オオカミ(コロニー)の視点で作られた作品だそうだ。
となると、マリアが逃げ込んだ家も子豚もマリア自身も全てオオカミの物である。という理屈になるのだろう。何故ならコロニーでは全てを共有しているのだから。
だから最後に(愚かにも惑いコロニーから出ていった)マリアが(素晴らしい)コロニーに帰っていくのも当然と解釈出来ると思う。
まあよく考えてみたらコロニー周辺の、女の子が移動出来る範囲の森の中で、家具一式と電化製品が揃った都合のいい一軒家なんてある訳ないよね。
理解力がないので、解説を聞くまでオオカミの家という作品自体がコロニーの宣伝ビデオの一環として作られている設定だったのが分からなかった。
確かに冒頭の宣伝ビデオでも、
「我々の数ある思いを共有したい」
「我々の恐ろしい噂が払拭されることを望みます」
「謙虚な私たちへの理解が深まることを願っています」
と、繰り返しコロニーの主張がされている。こんだけあからさまに出てるのに正直最初全く分からんかった。理解力ほしい…。
チリの歴史に刻まれた悪夢の一つにカルト集団コロニア・ディグニダがある。本作はこのカルトにインスパイアされた作品だそうだ。辛い記憶を語り継ぐ為にこのような形で表現したのだろうか。平和な我々には想像もつかない。解説でも言及されていたラテンアメリカの表現法、マジックリアリズムがとても嵌っていると感じた。
ところでこの作品の最も怖いところが
「一片の瑕疵もない素晴らしい善良な我々が、愚かで無知な人々に啓蒙してやろう」という独善的で傲慢な思考を完全に再現している点だと思う。
アナとペドロが食事をしたら金髪碧眼になったり、家のテレビでコロニーの映像を垂れ流しにしていたりと所々に主張が組み込まれている。自覚のない悪意って本当に怖いと思わせてくれる。

解説では作者二人の人となりも紹介していたが、二人とも一見普通の好青年だったので驚いた。
本作を絶賛していたアリ・アスター氏もそうだけど、この手の作品作る人は何で皆見た目がほがらかなんだろう?
尾崎きみどり

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