きゅうげん

⻤太郎誕生 ゲゲゲの謎のきゅうげんのネタバレレビュー・内容・結末

⻤太郎誕生 ゲゲゲの謎(2023年製作の映画)
4.5

このレビューはネタバレを含みます

アニメ第6期のスピンオフ的劇場版にして、水木しげる生誕100周年記念作品。

日本の敗戦から約10年。
血液銀行に勤める“水木”は、お得意様である龍賀製薬社長の跡目相続への挨拶のため、山奥の哭倉村を訪れる。彼の裏の目的は、近代日本の躍進を陰で支えたとされる血液製剤Mの調査であった。
しかし、村を牛耳る龍賀一族の人々が次々と怪死をとげる連続殺人事件が発生。生き別れた妻を探しにきたという不思議な男“ゲゲ郎”とともに、哭倉村と龍賀家との異形の謎を暴くことになるのだが……。


「因習村ミステリ」×『ゲゲゲの鬼太郎』! 
横溝正史あり妖怪バトルあり、好事家にはたまらないジャンルムービーになっています。
とくに昭和30年代を舞台とすることで、水木作品に影を落とす戦争という存在と、妖怪と科学とに象徴される過去から未来への分水嶺としての意義が、より奥深いテーマに。
戦争が終わった後も旧態依然の特権階級は同じように温存され、国粋主義的・軍国主義的な思想は形を変えて継承され、しかしやはりその有害さの犠牲となるのはいつも弱い存在だった……と、昔の水木や沙代ちゃんと時弥くん、そして妖怪・幽霊を掬いとり、昭和史の暗部を断罪する物語になっています。
「村でも東京でも変わらない」と分かっていた沙代の諦念と絶望の言葉は、戦前も戦後も変わらなかった日本社会の欺瞞を如実に言い表しています。
マクガフィンの血液製剤Mについても、過去の軍事拡大の一翼を担ったことはもちろん、これからの高度経済成長を前に「モーレツ社員」「企業戦士」「エコノミック・アニマル」の育成に一役買うかもしれない……という、戦後日本の負の再生産を体現するアイテムといえますね。
また時弥くんに対し、水木が理想を語りゲゲ郎が現実を告げる座敷牢でのシーンは、理想が実現したとはいえない現在からアンサーするラストシーンに繋がり、鋭くかつ切ない現代批評がドラマのカタルシスと渾然一体となり、涙を禁じえないものになっています。

そして、そんなラストで時弥くんが絞り出す「忘れないで」という言葉。
大きな歴史のなかに消えてしまった弱い存在の物語は、「忘れない」ということで生き続けます。それは例えば、水木の戦争体験や妖怪・幽霊という民間伝承、そして沙代ちゃんや時弥くんの事件を風化させないことなど、“語り継ぐ”という行為が本質的にもつ人々にとっての大きな意義を改めて実感させてくれるものです。
うだつの上がらないオカルト雑誌ライターでも、ジャーナリスティックな責任感をもって真相究明を志すオチは、そういった意味で素晴らしく秀逸な着地といえるでしょう。


終戦から80年を前に、いま改めて戦争の酷さ・愚かさ・恐ろしさを活写する映画が増えてきたことは、戦争から遠く離れたポストモダンな現在だからこそ、真なる意味で“戦後総決算”をクリエイティブに昇華できる時代になったことを表しているように思います。
テレビシリーズ第6期にも増して、水木しげる作品世界の正統なルネッサンスと言っても過言ではない、素晴らしい映画でした。