抽斗ひきだし

⻤太郎誕生 ゲゲゲの謎の抽斗ひきだしのネタバレレビュー・内容・結末

⻤太郎誕生 ゲゲゲの謎(2023年製作の映画)
4.4

このレビューはネタバレを含みます

水木の変化がとてもよく描かれていて、すごく好きだった。自らを打算的、狡猾だと思っている人間がそれでも自分の良心を騙せないところに本当に救われるし、その人間くささに温かみを感じる。
さよさんが亡くなってしまった時、彼が本当に苦しそうで涙ながらに「すまない」と謝っていたことが印象的だった。

さらに言うと、彼には特に守るものがないことにも注目したい。恋人、友人、家族(母親はいるが)など、水木には大切な人がいる描写がない。しかし、それでも権力や名誉、金や女などを拒否するのである。これは大変なことだと思う。
ゲゲ郎は(のろけながら)いつか大切な人ができたらお前にもわかると言った。つまりこの時点の水木にはそれがわかっていない。そのような人間が外道の誘いを拒否する。何も持っていない人間でも、そのような選択ができるならば、それはひとつの希望である。

戦争の描き方も、その理不尽さやむなしさが戦後も続く水木の日常に落とし込まれていてとても良かった。文脈に沿って彼の体験や感情にエピソードが呼応し、とても自然な見せ方になっており素晴らしいと思う。
あと、ツイッターなどであの村は因習村とさんざん言われていたけど、むしろ戦中社会のままだよってことじゃないですか? そして「新しい戦前」とも言われる私たちの現代社会も、そうなりかねないという警告では?

たくさんのものを失って、しかもそれがすべて無為に終わったとしても、人間であることを諦めない。私はそのような映画だと思いました。血反吐を吐きながら立つ水木の爪の垢でも煎じて飲みたいくらいだ。